旦那様は二人きりになると無口になるから仮初の夫婦なのかと思っていたけど、意外とそうでもなかった
反省会 その3
「奥様」
「…………はい」
その日の夜、私は夜の支度をされながら、不気味なほど笑顔を浮かべながらも目だけは笑っていないリズを鏡越しに見ていた。
旦那様よりわかりやすいから、彼女が怒っているのは容易に想像がついた。
こういう、露骨に怒りを前面に出すことなく、笑いながら怒る人が一番怖いのよね……
「どうして私が怒っているのか、わかりますか?」
「え? えーと……」
まったくわからない。
意外と今日の作戦は悪くはなかったんじゃないかなと思っていたのだが、リズ的には違ったのかもしれない。
1往復だけクイズをやったあとは、相変わらず旦那様にじっと見つめられながらも私は編み物を無事に完成させ、旦那様に渡すことができたのだ。
まあ、旦那様はいつもと変わらない無表情で「ありがとう」と言って、そのまま去ってしまったのだけど。
でも、それとリズの怒りがなかなか結びつかない。
とはいえ怒ってるし、とりあえずそれっぽいことを言っておこう。
「うーん……旦那様が青銅器って言ったのを否定せずに手袋を完成させて、しかも渡してしまったから……とか?」
「いえ、あれはあの野郎がおかしいだけなので、それではありません。むしろクイズを出した奥様はナイスアシストでした」
「あ、ありがとう……」
怒られながら褒められて、思わず首をかしげる。
じゃあ結局、リズはなんで怒っているのかしら……?
私が鏡越しにリズを見つめたまま黙っていると、彼女はふうとため息をついて、苦々しい表情で口を開いた。
「旦那様が奥様を抱きしめたことに対して、奥様はなんとおっしゃいましたか?」
「抱きしめたこと?」
それは……海にいたときのことについてかしら。
旦那様は無表情だけど、紳士的で可愛らしい方だわ、と思ったからそれは覚えている。
「まったく何も思ってないから大丈夫と――」
「それです!!!!!」
私が言い切る前にリズは絶叫したかと思うと、その場に膝をついてうずくまってしまった。
なんならおいおいと泣いているような素振りさえしている。
「ちょっ! り、リズ!?」
「奥様……その言葉は、旦那様が勇気を振り絞って抱きしめたにもかかわらず、それについて『お前が抱きしめてこようと何も思ってないから安心しろ』と言っているようなものです!!」
「それは、考えすぎじゃないかしら……」
そもそも、旦那様は私が寒さでくしゃみをしてしまったときに上着を着せてくれて、そのついでに私を抱きしめたにすぎない。
別に、勇気を振り絞って抱きしめたわけじゃないと思うのだけど……
「でも、あの旦那様ですよ!? 普段の生活でスキンシップしないあの野郎が、そんな軽薄に抱きしめるとお思いですか!?」
どんどんと拳を床に打ち付けるリズ。
とりあえずリズは、旦那様に対してだいぶ不躾じゃないかしらと思うけれど、一旦それは脇に置いておきましょう。
それから少しの間リズは床にうずくまって涙していたが、ふいに立ち上がり部屋から出たかと思うとすぐに返ってきた。
「申し訳ございません。手を洗ってまいりました」
「あ、ありがとう……」
「さて、これから先の作戦のことについて話しあいましょう」
私の支度を再開し、髪を櫛で梳きながらリズは話し始めた。
「旦那様に興味をお持ちになりましたか?」
「…………」
「ないですよね」
趣味というのか、好きそうなものはわかった。遺跡だ。
「で、でも! 好きなことはわかったわよ!」
「奥様。それは興味を持ったのではなく、旦那様の趣味を知ったに過ぎません。しかもたった一つ」
……ぐうの音も出ない。
「他人に興味を持つには、その人の人となりを知ってこそだと、私は思うのです。まるで今日の旦那様みたいに」
「つまり……次は旦那様をよく観察しろということ?」
「ええ。それで旦那様の一挙手一投足をじっくりよく観察して、旦那様に思いを馳せて、旦那様に興味を持つのです!」
「ええ……めん――」
めんどくさい、と言いかけて、リズの眼光が鋭くなったので抑える。
今日の旦那様は退出するまで、ひたすら私のことをじっと見つめていた。
リズはそれを私にやれ、と言うのだろうか。
「でも、さすがに騎士団で旦那様が戦っているのをそばでじっと見つめることは難しいし、書類仕事をしている旦那様をじっと見たって、難しいわよ?」
「それはおっしゃる通りです。ですが、もうそろそろあれがありますでしょう?」
「あれ? …………ああ!」
あれ――数か月後に控える、王妃殿下主催の夜会だ。
普段は、魔物が出るかもしれないから、と断るなり、直前まで参加の可否を決めていなかったのだが、今回の夜会については手紙が来るなり参加と返していた。
もちろん私に問題ないか聞いてくれた――ジェイク経由でだけど。
「普段とは違う環境での振る舞いをじっと見つめることで、おのずと疑問や興味が湧いてくると思いますわ」
「……でも、夜会のときの旦那様って、普段からはかけ離れた振る舞いよ? それで興味が湧いても、それって本当の旦那様に興味を持つって言うのかしら?」
そう言うと、リズが髪を梳く手を止めて黙ってしまった。
あまり正論で返すのはよくなかったかしら。でも、さすがにあれを見て興味を持ったところで、違うんじゃない……?
「あの、リズ……?」
「奥様」
リズの声が先ほどよりも一段と低くなった。
しかも鏡越しにこちらを見る眼光が鋭すぎる。
そして黙ったまま髪を梳かし終えて、最後に軽く香水をつけると、そこでようやく彼女は口を開いた。
「演技の旦那様に興味を持たざるして、本当の旦那様に興味が持てると思いますか?」
…………やっぱり、正論って良くないと思うの。
「…………はい」
その日の夜、私は夜の支度をされながら、不気味なほど笑顔を浮かべながらも目だけは笑っていないリズを鏡越しに見ていた。
旦那様よりわかりやすいから、彼女が怒っているのは容易に想像がついた。
こういう、露骨に怒りを前面に出すことなく、笑いながら怒る人が一番怖いのよね……
「どうして私が怒っているのか、わかりますか?」
「え? えーと……」
まったくわからない。
意外と今日の作戦は悪くはなかったんじゃないかなと思っていたのだが、リズ的には違ったのかもしれない。
1往復だけクイズをやったあとは、相変わらず旦那様にじっと見つめられながらも私は編み物を無事に完成させ、旦那様に渡すことができたのだ。
まあ、旦那様はいつもと変わらない無表情で「ありがとう」と言って、そのまま去ってしまったのだけど。
でも、それとリズの怒りがなかなか結びつかない。
とはいえ怒ってるし、とりあえずそれっぽいことを言っておこう。
「うーん……旦那様が青銅器って言ったのを否定せずに手袋を完成させて、しかも渡してしまったから……とか?」
「いえ、あれはあの野郎がおかしいだけなので、それではありません。むしろクイズを出した奥様はナイスアシストでした」
「あ、ありがとう……」
怒られながら褒められて、思わず首をかしげる。
じゃあ結局、リズはなんで怒っているのかしら……?
私が鏡越しにリズを見つめたまま黙っていると、彼女はふうとため息をついて、苦々しい表情で口を開いた。
「旦那様が奥様を抱きしめたことに対して、奥様はなんとおっしゃいましたか?」
「抱きしめたこと?」
それは……海にいたときのことについてかしら。
旦那様は無表情だけど、紳士的で可愛らしい方だわ、と思ったからそれは覚えている。
「まったく何も思ってないから大丈夫と――」
「それです!!!!!」
私が言い切る前にリズは絶叫したかと思うと、その場に膝をついてうずくまってしまった。
なんならおいおいと泣いているような素振りさえしている。
「ちょっ! り、リズ!?」
「奥様……その言葉は、旦那様が勇気を振り絞って抱きしめたにもかかわらず、それについて『お前が抱きしめてこようと何も思ってないから安心しろ』と言っているようなものです!!」
「それは、考えすぎじゃないかしら……」
そもそも、旦那様は私が寒さでくしゃみをしてしまったときに上着を着せてくれて、そのついでに私を抱きしめたにすぎない。
別に、勇気を振り絞って抱きしめたわけじゃないと思うのだけど……
「でも、あの旦那様ですよ!? 普段の生活でスキンシップしないあの野郎が、そんな軽薄に抱きしめるとお思いですか!?」
どんどんと拳を床に打ち付けるリズ。
とりあえずリズは、旦那様に対してだいぶ不躾じゃないかしらと思うけれど、一旦それは脇に置いておきましょう。
それから少しの間リズは床にうずくまって涙していたが、ふいに立ち上がり部屋から出たかと思うとすぐに返ってきた。
「申し訳ございません。手を洗ってまいりました」
「あ、ありがとう……」
「さて、これから先の作戦のことについて話しあいましょう」
私の支度を再開し、髪を櫛で梳きながらリズは話し始めた。
「旦那様に興味をお持ちになりましたか?」
「…………」
「ないですよね」
趣味というのか、好きそうなものはわかった。遺跡だ。
「で、でも! 好きなことはわかったわよ!」
「奥様。それは興味を持ったのではなく、旦那様の趣味を知ったに過ぎません。しかもたった一つ」
……ぐうの音も出ない。
「他人に興味を持つには、その人の人となりを知ってこそだと、私は思うのです。まるで今日の旦那様みたいに」
「つまり……次は旦那様をよく観察しろということ?」
「ええ。それで旦那様の一挙手一投足をじっくりよく観察して、旦那様に思いを馳せて、旦那様に興味を持つのです!」
「ええ……めん――」
めんどくさい、と言いかけて、リズの眼光が鋭くなったので抑える。
今日の旦那様は退出するまで、ひたすら私のことをじっと見つめていた。
リズはそれを私にやれ、と言うのだろうか。
「でも、さすがに騎士団で旦那様が戦っているのをそばでじっと見つめることは難しいし、書類仕事をしている旦那様をじっと見たって、難しいわよ?」
「それはおっしゃる通りです。ですが、もうそろそろあれがありますでしょう?」
「あれ? …………ああ!」
あれ――数か月後に控える、王妃殿下主催の夜会だ。
普段は、魔物が出るかもしれないから、と断るなり、直前まで参加の可否を決めていなかったのだが、今回の夜会については手紙が来るなり参加と返していた。
もちろん私に問題ないか聞いてくれた――ジェイク経由でだけど。
「普段とは違う環境での振る舞いをじっと見つめることで、おのずと疑問や興味が湧いてくると思いますわ」
「……でも、夜会のときの旦那様って、普段からはかけ離れた振る舞いよ? それで興味が湧いても、それって本当の旦那様に興味を持つって言うのかしら?」
そう言うと、リズが髪を梳く手を止めて黙ってしまった。
あまり正論で返すのはよくなかったかしら。でも、さすがにあれを見て興味を持ったところで、違うんじゃない……?
「あの、リズ……?」
「奥様」
リズの声が先ほどよりも一段と低くなった。
しかも鏡越しにこちらを見る眼光が鋭すぎる。
そして黙ったまま髪を梳かし終えて、最後に軽く香水をつけると、そこでようやく彼女は口を開いた。
「演技の旦那様に興味を持たざるして、本当の旦那様に興味が持てると思いますか?」
…………やっぱり、正論って良くないと思うの。