旦那様は二人きりになると無口になるから仮初の夫婦なのかと思っていたけど、意外とそうでもなかった

奥様が旦那様に興味を持つ作戦、その②

 ごとごとと揺れる馬車の中、私と旦那様は向かいに座りながら王宮へ向かっていた。
 もともと予定していた出発時間ほど1時間ほど遅れたものの、無事に屋敷を出発することができた。
 どうやら予想だにしていなかった大きな魔物が王都の周辺に出現し、急遽旦那様たち非番の騎士たちが呼ばれ、王都騎士団の総力戦で戦ったようだった。

「お仕事、おつかれさまです」
「…………いや、遅れてすまない」
「非常事態ですもの、仕方ありませんわ」

 リズから聞いた話によれば、旦那様はそこで鬼神のごとき猛攻を仕掛け、大きな魔物を瞬殺。
 後片付けを他の騎士に任せてすぐに屋敷に戻ってきたというわけだが……

 ――何かがおかしい。

 旦那様の今の様子は、そう思わざるを得ないほど違和感があった。
 普段、旦那様と馬車に乗る際は、旦那様は本を読んでいるか、私をじっと見つめているかのどっちか。
 今は外が暗いため本はない。
 つまり、私のことをじっと見つめて、私が見返した瞬間目を逸らす、というのが普段の様子なのだけど――

「旦那様」
「…………」
「ご体調でも優れないのですか?」

 私はじっと旦那様を見つめる。旦那様はこの馬車に乗ってからずっと、私を見ることなく外に視線を向けていた。
 外に何かがあるのなら話はわかるが、イベントなどもない街中には光は最低限で何もない。

「……いや」
「…………そうですか」

 旦那様はかぶりを振るが、どことなく、どこがそうかと聞かれても確固たる証拠はないくらいだけだが違和感があった。

(旦那様も緊張するのかしら?)

 これまで一緒に行った夜会はたくさんあるが、王妃殿下主催といった豪華な夜会は、これまで一緒に出向いたことはない。
 私も緊張はしているものの、きっと旦那様も普段参加されないから同じ気持ちなんだろう。
 気のせいか、と思いそれ以上追及することなく、私も外に視線をやった……そのとき。

「きゃっ!」
「…………っ!」

 馬車がひときわ大きく揺れた。
 すぐに前方から「す、すみません! 大きな石を踏んでしまったようです!」と、御者のマークの焦った声が聞こえる。

「こちらは大丈夫ですわ」

 そう返して旦那様に「大きな揺れでしたね」なんて声をかけようとして、その言葉は消えてしまった。
 普段に比べてかすかな違いではあるが、旦那様の眉間にしわが寄っている。
 そしてよく観察すると、旦那様は馬車が揺れるたびに息を詰めて、顔を引きつらせているのに気づいた。
 違和感が、しっかりとした疑問に変わる。

(絶対に、何かがおかしいわ)

 普段ならこんなに表情が雄弁ではないし、微々たるものだがここまで余裕がない様子を見せることはない。
 それに、もう一度じっくりと旦那様を上から下まで観察してみると、手の位置が何やら変だ。
 姿勢よく座っているわりには、両手ともに膝の上だったり組んでいたりすることはなく、右手は脚の付け根、そして左手が……脇腹あたり。

「もしかして……お怪我されてますか?」

 ゆっくりと彼の左手へ手を伸ばす。しかし彼の右手で阻まれてしまった。
 旦那様はゆるりとかぶりを振って、「大丈夫だ」と早口で告げる。
 でも、普段の旦那様を見ていればわかる。おそらく大丈夫ではない。

「無理をするくらいなら、戻りましょう。王妃殿下からも、『無理をしないように。また機会はあるのだから』とお手紙をいただいておりますから」
「いや、問題ない。大丈夫だ」
「……もう!」

 旦那様は頑なに拒絶する。
 しかしやはり、その表情には普段見られる余裕はなかった。
 これまでとくに夜会に対してこだわりを見せることなく、行けるなら行く、無理そうなら諦める、というスタンスだったのに、どうして急にこんな頑固になったのだろう。
 よく考えれば今回の夜会も、いつもはギリギリまで返答を待たせるのに、今回はかなり早かった。
 もしかして、今日の夜会には何かがあるというの?

(でも妻として、怪我をしている夫を無理に夜会に参加させるというのは、避けたいわよね)

 私とて別に夜会にとっても行きたいというわけではない。
 幼少期からの知り合いや友人と会えないのは寂しいけれど、これから先まだ会う機会があるのだから、この夜会に出ないといけないものでもない。
 私は意を決して、馬車の前方に向かって大声を出した。

「マークさん! ここまで来て悪いのだけど、今から行き先を――むぐっ!?」
「はい? 奥様、いかがしましたでしょうか!」
「いや、なんでもない。このまま王宮へ向かってくれ」
「は、はぁ……」

 怪訝な声色とともに、一瞬減速した馬車が普段のとおりに戻る。
 私はというと、向かいにいる旦那様に抱きしめられ、厚い胸板に埋まるようにして口をふさがれていた。
 息こそできるものの、押し付けられるようにされているから、話せないし旦那様の顔を見ることができない。
 バシバシと旦那様の体を叩くものの彼は微動だにしなかった。

(なんで、こんなに今日は頑固なのよ!!!!!)

 結局解放されるのは諦めて、そのまま旦那様に抱きしめられたままになった。化粧が服にへばりついても知らないわ、もう。
 しばしの間その体勢で馬車の揺れを感じる。
 すると、旦那様がポツリとつぶやいた。

「……すまない」

 旦那様は身動ぎするなり、私の体を持って対面の座面に戻す。
 よかった、少しは化粧がついちゃってるけど、目立つほどは旦那様の服に移ってない。

「私は君に……許されなくてはいけない」
「……はい? 旦那様が私に――」
「旦那様、奥様! 王宮に到着です!」

 問おうとしたところで、マークの声にかき消される。
 すぐに馬車の勢いが遅くなり、止まる。すぐに王宮の警備騎士が扉をひらいてくれた。
 が、こちとらまだ準備ができていないわけで。

「では、行こうか」
「ちょ、ちょっと旦那様!」

 返事は一切ないまま旦那様は馬車を降り、外から私に手を差し出す。
 その表情はすでに夜会仕様となっていた。

(意地でも話さない気かしら)

 気づかれないようにため息をついて、私はその手をゆっくりと取る。
 そうして旦那様のエスコートとともに、夜会が行われる大広間へ向かった。

 ――少し旦那様のことをわかってきたつもりだったが、ここで一気にわからなくなってしまったのだった。
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