旦那様は二人きりになると無口になるから仮初の夫婦なのかと思っていたけど、意外とそうでもなかった
反省会 その4
「奥様! 本当におめでとうございます!」
「……ええ」
夜の支度をするために部屋にやってきたリズは、感極まるような表情で私を見るなり拍手を始めた。
そして鏡台に行き私の髪を梳かし始めた彼女は、今にも歌いそうなほどご機嫌だった。
「いやぁ、奥様はやってくれると思ったのですよね。まさか、お姫様抱っこでお屋敷に帰ってくるなんて……!!」
リズの言う通り、夜会会場から馬車に戻る際に横抱きされていたものの、その後馬車の中、屋敷に着いて馬車から降りて自身の部屋まで戻るまで、ずっと横抱きされていたのだ。
しかも永遠に幸せそうな表情で旦那様はこちらを見ていた。
「ついにこのリズ考案の作戦が、終わりになるなんて……、これでフォンダン侯爵家は安泰ですわ!」
「うーん……」
鏡越しに見えるリズはたいそう歓喜に満ちあふれていたが、私の表情はどうにも浮かないものだった。
それに気づいたのか、リズは訝るようにして首を傾げた。
「奥様? どうなさったのですか?」
「いえ、リズがそんなに喜んでくれて嬉しいのだけど……」
自分の中でもまだ整理がついていないけど、この勢いのまま皆を喜ばせておくのは何か違う気がする。
結局、リズの作戦である「私が旦那様に興味を持つ作戦」については、興味を持っているけれど好意とかそういうのではなく、疑問ばかりのものだし。
それにむしろ、旦那様のことは以前よりもわからなくなってしまったのだし。
そんなことを今日の出来事と一緒にリズに話したところ、るんるんだった彼女の雰囲気は徐々にしぼんでいき、やがて地面に手をつき項垂れてしまった。
「……あのっ、言葉足らずがっ!!!!!!」
「まぁ、会話が足りないのは私のせいもあると思うから……」
「いえ、さすがに急に奥様を抱きしめはじめるようにするのは、このリズでも理解に苦しみますので、奥様のせいのものは一つもございません」
まったく……と言いながら、リズは手を洗いに行ってすぐに帰ってくる。
再び私の髪を梳きはじめると、彼女はなぜか少しだけ安心した様子でふう、とため息をついた。
「でも、ここまで来たというのは、なかなか感慨深いものがありますわ」
「感慨深い?」
「ええ。奥様が来る前の旦那様は今よりも寡黙で無表情だったので、お屋敷の雰囲気もギクシャクしていたのです」
リズが話すには、あれでもだいぶ表情がまともになったらしい。
私でさえ最近やっと、こうかな??というのがわかってきたくらいなのに、昔はもっと少なかったなんて。
だから騎士団副団長のトルネオ様も、表情がゆるゆるとか言っていたのかしら。
俯いて考えに耽る。
となると、一つ疑問が湧いてくる。
「どうして旦那様はこんなに寡黙な方になったのかしら」
表情がまともになったらしい今でさえ、普通の方々と比べると無表情で、誰とも話さない。
友人がいないとかならともかく、妻である私にさえそうというのは、普通に考えるとちょっとありえない。
となると、何かしら理由があるのだろうか。
そう思い視線を上げて鏡越しにリズを見ると、彼女は明らかに視線を逸らし、顔を引き攣らせていた。
「リズ?」
「は、はい!?」
声を裏返させるほどびっくりした様子だけど、明らかに何か隠していることは確実だった。
「な、なんでもございませんよ! 決して、旦那様のご実家に何かあるだなんて!」
「……ご実家に何があるの?」
「な、な、な、なんでそれを!!」
急にリズがポンコツになってしまった。
慌てふためく彼女はささっと手早く私の髪をまとめると、いそいそ一礼して部屋から勢いよく出て行ってしまった。
ポツンと一人取り残された部屋で、急いではいたけど静かに閉められた扉をじっと見つめる。
(いや、明らかに何かありそうじゃない……)
リズはフォンダン侯爵家に長く勤める侍女。
おそらく彼女は、旦那様がああなった理由をすべて知っているのだろう。そしてそれを、私にあまり知られたくないということも。
……もしかして、隠し子とかかしら?
いやでも、隠し子がいたから無表情になるとかそんなことはないだろう。
だとしたら、何かしらのご病気とか……?
それなら別にあんなにリズが動揺することはないだろうし、そもそも普段の社交界では存分に表情を使っているのだから、ご病気で表情が動かなくなったという線はなさそう。
「…………気になる!!」
恋愛とか旦那様への興味とか置いておいて、単純にとても気になる。
これが旦那様に興味を持ったことに当たるのかどうかはわからないけれど、このまま放置するのはなんだか気分が悪い。
「そしたら、そうね……行っちゃいましょうか!」
私は机の中から便箋とガラスペンを用意し、とある方に手紙を書く。
それを通りがかった侍女に渡し、送ってもらうよう頼んだ数日後、望んだ通りの返事があった。
「リズ、今日はお出かけしようと思うの」
「いいですわね! どちらにいたしましょうか」
朝の支度をするリズを鏡越しに見て、私はにこりと微笑んだ。
「フォンダン侯爵領よ!」
そう言うなりにこにことしていたリズの動きが止まり、彼女の手にしていた櫛が床に落ちた。
「……ええ」
夜の支度をするために部屋にやってきたリズは、感極まるような表情で私を見るなり拍手を始めた。
そして鏡台に行き私の髪を梳かし始めた彼女は、今にも歌いそうなほどご機嫌だった。
「いやぁ、奥様はやってくれると思ったのですよね。まさか、お姫様抱っこでお屋敷に帰ってくるなんて……!!」
リズの言う通り、夜会会場から馬車に戻る際に横抱きされていたものの、その後馬車の中、屋敷に着いて馬車から降りて自身の部屋まで戻るまで、ずっと横抱きされていたのだ。
しかも永遠に幸せそうな表情で旦那様はこちらを見ていた。
「ついにこのリズ考案の作戦が、終わりになるなんて……、これでフォンダン侯爵家は安泰ですわ!」
「うーん……」
鏡越しに見えるリズはたいそう歓喜に満ちあふれていたが、私の表情はどうにも浮かないものだった。
それに気づいたのか、リズは訝るようにして首を傾げた。
「奥様? どうなさったのですか?」
「いえ、リズがそんなに喜んでくれて嬉しいのだけど……」
自分の中でもまだ整理がついていないけど、この勢いのまま皆を喜ばせておくのは何か違う気がする。
結局、リズの作戦である「私が旦那様に興味を持つ作戦」については、興味を持っているけれど好意とかそういうのではなく、疑問ばかりのものだし。
それにむしろ、旦那様のことは以前よりもわからなくなってしまったのだし。
そんなことを今日の出来事と一緒にリズに話したところ、るんるんだった彼女の雰囲気は徐々にしぼんでいき、やがて地面に手をつき項垂れてしまった。
「……あのっ、言葉足らずがっ!!!!!!」
「まぁ、会話が足りないのは私のせいもあると思うから……」
「いえ、さすがに急に奥様を抱きしめはじめるようにするのは、このリズでも理解に苦しみますので、奥様のせいのものは一つもございません」
まったく……と言いながら、リズは手を洗いに行ってすぐに帰ってくる。
再び私の髪を梳きはじめると、彼女はなぜか少しだけ安心した様子でふう、とため息をついた。
「でも、ここまで来たというのは、なかなか感慨深いものがありますわ」
「感慨深い?」
「ええ。奥様が来る前の旦那様は今よりも寡黙で無表情だったので、お屋敷の雰囲気もギクシャクしていたのです」
リズが話すには、あれでもだいぶ表情がまともになったらしい。
私でさえ最近やっと、こうかな??というのがわかってきたくらいなのに、昔はもっと少なかったなんて。
だから騎士団副団長のトルネオ様も、表情がゆるゆるとか言っていたのかしら。
俯いて考えに耽る。
となると、一つ疑問が湧いてくる。
「どうして旦那様はこんなに寡黙な方になったのかしら」
表情がまともになったらしい今でさえ、普通の方々と比べると無表情で、誰とも話さない。
友人がいないとかならともかく、妻である私にさえそうというのは、普通に考えるとちょっとありえない。
となると、何かしら理由があるのだろうか。
そう思い視線を上げて鏡越しにリズを見ると、彼女は明らかに視線を逸らし、顔を引き攣らせていた。
「リズ?」
「は、はい!?」
声を裏返させるほどびっくりした様子だけど、明らかに何か隠していることは確実だった。
「な、なんでもございませんよ! 決して、旦那様のご実家に何かあるだなんて!」
「……ご実家に何があるの?」
「な、な、な、なんでそれを!!」
急にリズがポンコツになってしまった。
慌てふためく彼女はささっと手早く私の髪をまとめると、いそいそ一礼して部屋から勢いよく出て行ってしまった。
ポツンと一人取り残された部屋で、急いではいたけど静かに閉められた扉をじっと見つめる。
(いや、明らかに何かありそうじゃない……)
リズはフォンダン侯爵家に長く勤める侍女。
おそらく彼女は、旦那様がああなった理由をすべて知っているのだろう。そしてそれを、私にあまり知られたくないということも。
……もしかして、隠し子とかかしら?
いやでも、隠し子がいたから無表情になるとかそんなことはないだろう。
だとしたら、何かしらのご病気とか……?
それなら別にあんなにリズが動揺することはないだろうし、そもそも普段の社交界では存分に表情を使っているのだから、ご病気で表情が動かなくなったという線はなさそう。
「…………気になる!!」
恋愛とか旦那様への興味とか置いておいて、単純にとても気になる。
これが旦那様に興味を持ったことに当たるのかどうかはわからないけれど、このまま放置するのはなんだか気分が悪い。
「そしたら、そうね……行っちゃいましょうか!」
私は机の中から便箋とガラスペンを用意し、とある方に手紙を書く。
それを通りがかった侍女に渡し、送ってもらうよう頼んだ数日後、望んだ通りの返事があった。
「リズ、今日はお出かけしようと思うの」
「いいですわね! どちらにいたしましょうか」
朝の支度をするリズを鏡越しに見て、私はにこりと微笑んだ。
「フォンダン侯爵領よ!」
そう言うなりにこにことしていたリズの動きが止まり、彼女の手にしていた櫛が床に落ちた。