旦那様は二人きりになると無口になるから仮初の夫婦なのかと思っていたけど、意外とそうでもなかった
反省会 その5
「というわけで、旦那様のことはやっぱりわからなかったわ」
「奥様……やはり、その結論になるのですね……」
フォンダン侯爵領から帰ってきた日の夜。
リズに夜の支度をしてもらいながら、私は鏡越しに彼女に話しかけた。
フォンダン侯爵領に一緒に行ったから、リズは私が旦那様と一緒に寝ていたことも、旦那様がどんなときも永遠に私を甘い視線で見つめていたことも知っている。
それでもなお夢のないことを言う私に、落胆した様子を見せた。
「でも勘違いしないでほしいの。前みたいに、旦那様のことをなんとも思ってないわけじゃないわ」
「そうなのですか?」
「ええ。だから、旦那様と定期的にお話しする日を作ることにしたのよ」
「まぁ!!」
「それに、やっとこのお屋敷でも一緒の部屋で寝ることになったの」
「まぁまぁまぁ!!!!」
途端に、リズの瞳が潤みはじめ、そのまま彼女は手で目をおさえてしまった。
ちょっと大袈裟すぎじゃないかしら……?
「ほんとうに……よかった、ですっ! ぐすっ、奥様がこれから先、あの野郎に悩まされるまま生きることがないと思うと……リズは感動です!!」
リズは涙交じりに最後まで言いきると、手早く私の髪を梳いて、なぜか新しい服を用意してきた。
レース地の割合が多い薄い夜着。
いわゆる、夫婦の夜の日に着るものだけれど……なんで今?
「では、ついにこれを着る機会も……!」
「リズ、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
何か勘違いをしている。
私はきょとんとする彼女に、申し訳ない感情をいっぱいに込めて告げた。
「たぶんだけど、それが必要になるには、もう少し時間がかかるわ」
まだそんなにたくさん旦那様のことを理解していないけれど、旦那様がかなり奥手だということは、フォンダン侯爵領へのお出かけでなんとなく理解した。
一緒にいられたからそれでいい、って何度も言っていたし。
となるとまだ当分の間、一緒のベッドで寝るにしても本当に寝るだけで終わることだろう。
リズにそう伝えて、そのたいそう露出の多いその衣装はやんわりと断ったのだが、彼女はケロリと表情を笑みに変えた。
「まあまあまあ、着る分には減るものじゃありませんから。今日はこちらを着てみましょう!」
「……えぇ?」
そうして勢いに負けて、結局夜着を着ることになってしまった。
「ルイーゼ」
「旦那様!」
リズはすでに下がり、寝る前の習慣である日記を書いていると、ノックのあとに旦那様が入ってきた。
夫婦の寝室であるこの部屋に旦那様が来るのは初めてなので、なんだかくすぐったいような感じがするのは気のせいではないだろう。
私が羽ペンを置いて日記を閉じると、旦那様は私のもとにやってきて、腰に手を回し頭に口づけを落とした。
「日記を書いていたのか?」
「ええ。子供のときからの習慣で、書かないとなんだか落ち着かないんです」
「そうだったのか……ふふっ」
かすかに声を出して笑った旦那様は、すぐに「いや、すまない」とかぶりを振った。
「君の可愛らしい一面を改めて知られて、嬉しいんだ」
「もう、旦那様……」
「君ともっと話して、もっと知りたいな」
頬がカッと熱くなる。
フォンダン侯爵領で、夜に思いを通じ合わせたあとから、旦那様はこの調子がずっと続いていた。
別に悪いことではないし、言われて嫌になる言葉ではないのだけど、いくつ心臓があっても足りないくらいにはドキドキしてしまうから、もう少し抑えてほしさはある。
私は羞恥に負けて視線をベッドに逸らした。
「早く寝ましょう。旦那様は明日から、いつも通りのお時間にお仕事なのですから。そして帰ってきたら、たくさんお話ししましょう」
「そうだな」
「ええ…………って、きゃっ!?」
ベッドまで歩こうとしたのだが、突然浮遊感を覚えたかと思うと、旦那様に横抱きにされていた。
びっくりして旦那様のほうを見ると、彼は先ほどから変わらない甘い視線をこちらに向けて、かすかに笑んでいた。
しかしよく見ると、その瞳の奥に、熱が見えた。
(……まさか、ね)
ただスキンシップの距離感を測りかねているだけだろう、と内心で思うも、旦那様はそれから何度も頬や目のそば、そして唇に口づけを落とす。
そしてゆったりとベッドに歩み私をそっと宝石のような手つきで下ろすと、彼は私に覆いかぶさるようにベッドに上がった。
ドクドクと胸の鼓動が早くなる。
部屋の灯りが逆光になって旦那様の顔はよく見えないけれど、甘いマスクをしていながらも、視線は鋭くこちらを逃さない猛獣のように見えた。
「あ、あの! 旦那さ――」
「あぁ、可愛い」
止めようとするも旦那様に力で敵うはずもない。
押さえようとした手は逆に押さえられてしまい、旦那様の片手だけで両手を頭の上でまとめられてしまった。
もう片方の手は、私の頬を優しく撫でる。
「本当に、可愛い。私のルイーゼ」
はぁ、と旦那様の吐いた息が熱い。
私が何も言わないでいると彼は、ふっ、と笑い、それから深い口づけを落とした。
◇
結局、私もその先を受け入れてしまい、翌朝起きたころには陽が天頂まで上がっていた。
痛む体をさすっていると、着替えと体を拭う水を持ってきたリズに「だから言ったでしょう?」と笑顔で言われたような気がした。
少なくとも、すでに何十年も旦那様と一緒にいるリズやジェイクにはまだまだ敵わないのだな、と強く感じたのだった。
(やっぱり、旦那様のことはわからないわよ!!!!!)
その日は結局、一日中リズに介助されて過ごしたのだった。
「奥様……やはり、その結論になるのですね……」
フォンダン侯爵領から帰ってきた日の夜。
リズに夜の支度をしてもらいながら、私は鏡越しに彼女に話しかけた。
フォンダン侯爵領に一緒に行ったから、リズは私が旦那様と一緒に寝ていたことも、旦那様がどんなときも永遠に私を甘い視線で見つめていたことも知っている。
それでもなお夢のないことを言う私に、落胆した様子を見せた。
「でも勘違いしないでほしいの。前みたいに、旦那様のことをなんとも思ってないわけじゃないわ」
「そうなのですか?」
「ええ。だから、旦那様と定期的にお話しする日を作ることにしたのよ」
「まぁ!!」
「それに、やっとこのお屋敷でも一緒の部屋で寝ることになったの」
「まぁまぁまぁ!!!!」
途端に、リズの瞳が潤みはじめ、そのまま彼女は手で目をおさえてしまった。
ちょっと大袈裟すぎじゃないかしら……?
「ほんとうに……よかった、ですっ! ぐすっ、奥様がこれから先、あの野郎に悩まされるまま生きることがないと思うと……リズは感動です!!」
リズは涙交じりに最後まで言いきると、手早く私の髪を梳いて、なぜか新しい服を用意してきた。
レース地の割合が多い薄い夜着。
いわゆる、夫婦の夜の日に着るものだけれど……なんで今?
「では、ついにこれを着る機会も……!」
「リズ、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
何か勘違いをしている。
私はきょとんとする彼女に、申し訳ない感情をいっぱいに込めて告げた。
「たぶんだけど、それが必要になるには、もう少し時間がかかるわ」
まだそんなにたくさん旦那様のことを理解していないけれど、旦那様がかなり奥手だということは、フォンダン侯爵領へのお出かけでなんとなく理解した。
一緒にいられたからそれでいい、って何度も言っていたし。
となるとまだ当分の間、一緒のベッドで寝るにしても本当に寝るだけで終わることだろう。
リズにそう伝えて、そのたいそう露出の多いその衣装はやんわりと断ったのだが、彼女はケロリと表情を笑みに変えた。
「まあまあまあ、着る分には減るものじゃありませんから。今日はこちらを着てみましょう!」
「……えぇ?」
そうして勢いに負けて、結局夜着を着ることになってしまった。
「ルイーゼ」
「旦那様!」
リズはすでに下がり、寝る前の習慣である日記を書いていると、ノックのあとに旦那様が入ってきた。
夫婦の寝室であるこの部屋に旦那様が来るのは初めてなので、なんだかくすぐったいような感じがするのは気のせいではないだろう。
私が羽ペンを置いて日記を閉じると、旦那様は私のもとにやってきて、腰に手を回し頭に口づけを落とした。
「日記を書いていたのか?」
「ええ。子供のときからの習慣で、書かないとなんだか落ち着かないんです」
「そうだったのか……ふふっ」
かすかに声を出して笑った旦那様は、すぐに「いや、すまない」とかぶりを振った。
「君の可愛らしい一面を改めて知られて、嬉しいんだ」
「もう、旦那様……」
「君ともっと話して、もっと知りたいな」
頬がカッと熱くなる。
フォンダン侯爵領で、夜に思いを通じ合わせたあとから、旦那様はこの調子がずっと続いていた。
別に悪いことではないし、言われて嫌になる言葉ではないのだけど、いくつ心臓があっても足りないくらいにはドキドキしてしまうから、もう少し抑えてほしさはある。
私は羞恥に負けて視線をベッドに逸らした。
「早く寝ましょう。旦那様は明日から、いつも通りのお時間にお仕事なのですから。そして帰ってきたら、たくさんお話ししましょう」
「そうだな」
「ええ…………って、きゃっ!?」
ベッドまで歩こうとしたのだが、突然浮遊感を覚えたかと思うと、旦那様に横抱きにされていた。
びっくりして旦那様のほうを見ると、彼は先ほどから変わらない甘い視線をこちらに向けて、かすかに笑んでいた。
しかしよく見ると、その瞳の奥に、熱が見えた。
(……まさか、ね)
ただスキンシップの距離感を測りかねているだけだろう、と内心で思うも、旦那様はそれから何度も頬や目のそば、そして唇に口づけを落とす。
そしてゆったりとベッドに歩み私をそっと宝石のような手つきで下ろすと、彼は私に覆いかぶさるようにベッドに上がった。
ドクドクと胸の鼓動が早くなる。
部屋の灯りが逆光になって旦那様の顔はよく見えないけれど、甘いマスクをしていながらも、視線は鋭くこちらを逃さない猛獣のように見えた。
「あ、あの! 旦那さ――」
「あぁ、可愛い」
止めようとするも旦那様に力で敵うはずもない。
押さえようとした手は逆に押さえられてしまい、旦那様の片手だけで両手を頭の上でまとめられてしまった。
もう片方の手は、私の頬を優しく撫でる。
「本当に、可愛い。私のルイーゼ」
はぁ、と旦那様の吐いた息が熱い。
私が何も言わないでいると彼は、ふっ、と笑い、それから深い口づけを落とした。
◇
結局、私もその先を受け入れてしまい、翌朝起きたころには陽が天頂まで上がっていた。
痛む体をさすっていると、着替えと体を拭う水を持ってきたリズに「だから言ったでしょう?」と笑顔で言われたような気がした。
少なくとも、すでに何十年も旦那様と一緒にいるリズやジェイクにはまだまだ敵わないのだな、と強く感じたのだった。
(やっぱり、旦那様のことはわからないわよ!!!!!)
その日は結局、一日中リズに介助されて過ごしたのだった。