旦那様は二人きりになると無口になるから仮初の夫婦なのかと思っていたけど、意外とそうでもなかった

反省会 その1

「というわけで、旦那様のお仕事を見てきたの」
「…………あの、奥様」

 就寝前。
 リズに寝支度をしてもらっている間に、私は先ほどまで見ていた旦那様の仕事の様子を事細かに話していた。最初こそ嬉しそうに聞いていた彼女だったが、少しずつ表情が陰っていき、まるで笑顔を貼り付けているだけになっていた。

「どうしたの、リズ?」

 もしかして、少し話しすぎたかしら。もう夜だし、うるさすぎたかな。
 そう思い首を傾げながら鏡越しにリズを見ると、リズは髪を梳く手を止め、ゆっくりと口を開いた。

「当初の目的……忘れていませんか……?」
「え? …………あっ」
「そう、旦那様の愛を確かめる、ってやつですよ!」

 そういえばそうだった。
 旦那様が何を考えているかわからなくて、私のことをどう思っているのか知りたかったから、ちょっと無茶なお願いをしているんだった。

「でも今日のことを見るに、あまり嫌われてはいなそうかなとは思うの。だからもう――」
「いえ、わからないですよ!」

 ただでさえ忙しい旦那様にこれ以上私から無理なお願いをするのも憚られて、『この計画はおしまい』と言おうとしたが、拳を握ったリズに遮られてしまった。

「どうしたの、リズ」
「結局、旦那様の愛は確かめられていないじゃないですか! それもほとんど戦闘の見学であって、旦那様と過ごしたのはほぼ行き帰りだけってことですよね!?」
「え、ええ。でも、そこで少なくとも悪い思いはしてないのだし」
「違いますよ、奥様。悪い思いをしていないのと、良い思いをするのは、別のことなんですよ!!」

 なんだか、リズの勢いがすさまじいことになっている。
 私の髪を梳くのに使っていた櫛を、まるで授業で先生が使っていた指し棒のようにびしっと、私を鏡越しに指す。
 何か気になるところでもあったのかしら。

「男の愛っていうのは、そんな簡単に確かめられるものじゃないんです。男ってのは、誰もが誰も、『言わなくても伝わると思っている』と思ってる馬鹿ばかりなんですから!」

 今この人、全世界の男の人に喧嘩を売った?
 そうは思うけれど、リズの勢いは微塵も止まらない。

「それで奥様。行き帰りの馬車で旦那様とお話はされたんですか?」
「い、いえ……」

 その勢いに押されて、私はたじろぎながらも首を横に振る。
 するとリズは、「はー……」と盛大なため息をついて、頭を抱えてしまった。さらには「あの馬鹿」と悪口まで叩いていた。

「リ、リズ…………?」
「いいですか、奥様」

 リズはキッと目を吊り上げて眉間に皺を寄せる。実家にいたころの貴族教育のスパルタ教師を思い出して、少しだけびくりと肩が震えた。

「愛を確かめるのには、会話が必要なんです」
「た、対話?」

 寡黙な旦那様とは難しいのでは……?
 そうは思うが、再び厳しい視線を送られそうなので黙っておく。

「人間というものは、会話を主として他者とコミュニケーションをとる生き物なのですから、愛を確かめるのにも会話をしなくてはならないのです」
「な、なるほど?」
「会話をしないで理想だけを追い求めて付き合ってしまえば、いずれ破綻してしまうのです。そうあの男――」

 そこまで言ってリズは我に返ったのか、コホンと咳払いをして「いえ、失礼いたしました」と私の寝支度へと戻る。

「えっと……その男性というのは」
「いえ、これについては忘れてください。とにかく!」

 再び私は鏡越しにビシッと櫛で指される。

「旦那様の愛を確かめる作戦は、まだまだ終わっていません! 今度はしっかりと奥様と旦那様が会話をするように、私リズがしっかりと計画を練らせていただきますので!」
「でも、リズは忙しいから負担にならないかしら」
「そんなことございません! 私は奥様と旦那様の幸せを第一に働いております。奥様が旦那様の愛を不安に思っているのであれば、それを解消するために全力を尽くすのもまた、私の役目です」

 リズは「ご安心ください!」と言い、ぐっと櫛を持った手を握り込む。

「あの野郎の本心、しかと奥様に伝わるようにいたしますので!」

 今、旦那様のこと『あの野郎』って言った……?
 そうは思いながらも勢いに呑まれてしまった私は、その後普段の数倍の速さで寝支度を終わらせてくれたリズと再びの作戦を練って、眠りについたのだった。


「旦那様…………し、下町に、お出かけ、しませんか……?」

 でも、次の作戦がデート作戦というのは、ちょっと難易度上がりすぎなんじゃないかしら……!?
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