調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
1偶然の再会
「あぁー……やっぱり仕事モードが抜けない」

 お客様への訪問を終えて直帰する帰り道。
 仕事に関するモヤモヤを振り切るように、亀井紗奈(かめい さな)は早足で歩いていた。

「今日はこっちの道から帰ってみようかな」

 気分転換を兼ねて普段通らない裏路地を進んでいく。大通りの喧騒が遠ざかり、心地良い静けさが心を少し落ち着かせてくれる。

「ん?」

 紗奈はとある店の前で足を止めた。
 キラキラと何かが光った気がしたのだ。店に近づくと、窓から光が出ていることに気づく。

(何かしら? ……ガラス瓶? 綺麗ね)

 店の窓際には様々な色のガラス瓶が並べられていた。それらは太陽の日差しを浴びてキラキラとカラフルな光を放っている。

「雑貨屋さんかしら?」

 店の扉には看板がかけてあり、『オリジナル香水店 Ennolyume(エンノリューム)』と書かれている。

(香水のお店? なんて読むのかしら?)

 おとぎ話に出てきそうな可愛らしいお店を前に、紗奈は少しだけ胸を躍らせる。
 最近忙しくて雑貨屋を眺める余裕もなかったのだ。

 じっくりと看板を眺めていると、突然扉が開かれた。
 そして中から店員らしき人が出てきたのだ。

「すみません。ちょっと見させてもらってて……あっ」

 目の前の人物を見て、紗奈の口から声が漏れた。
 相手も紗奈と目が合うと、ハッとしたような表情になる。

「いらっしゃいませ。……この間はありがとうございました」

 テノールの心地よい声が耳を撫でる。
 暑い太陽の下、爽やかな笑顔を向けた男性は、店員らしい挨拶に感謝の言葉を口にする。
 紗奈も曖昧な笑みを浮かべて頭を下げた。

「こ、こんにちは……小笠原様。ここで働かれているんですか?」

 店員の男性――小笠原綾人(おがさわら あやと)は、紗奈の働く眼鏡店のお客様だ。少し印象的なお客様だったため、紗奈はよく覚えていた。

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