調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
3尽きない悩み
 ここ数日、紗奈はため息が増えていた。
 店長推薦の件については、「ゆっくり考えて」と言われているが、悩んでも結論は出そうにない。その上、最近は店内の雰囲気が悪く、余計に気が重くなるのだった。

「佐々木さん、保育園からお電話よ」

 電話対応をしていた紗奈は、佐々木を呼び止めた。

「……はぁ。すみません」

 佐々木は子どもの体調が悪いらしく、遅刻や休みが増えていた。出社出来た日もピリピリしている。今の電話で今日も早退確定だ。


 電話を終えた佐々木が紗奈に頭を下げる。目にうっすらと浮かんでいるクマが痛々しい。

「すみません。お迎えに行かないと」
「こちらは大丈夫よ、お大事にね。……佐々木さんも無理しすぎないでね」

 紗奈が微笑むと、佐々木の表情がすっと暗くなった。

「無理しなきゃ、働けないんですよ」
「……っ」

 低く呟かれた声に紗奈は息を呑んだ。佐々木の表情が見たことがないほど険しくなっていたのだ。

「亀井先輩はいいですよね。独身だから順調にキャリアを積めて。私なんか、時短勤務だし、休むし、同期の皆より出世出来ない。単なるお荷物社員だもの」
「さ、佐々木さん?」

 紗奈の言葉に佐々木はハッと気まずそうな顔をした。

「何でもありません。失礼しますっ!」

 紗奈が挨拶を返すより早く、佐々木はバタバタと退勤していった。
 呆然と彼女の背中を見つめていると、店長に「大丈夫かい?」と声をかけられた。

「私、佐々木さんに余計なことを言ってしまいました」
「佐々木さんは疲れているみたいだったね。一度僕からもサポートしておくから心配しないで」
「はい、ありがとうございます……」

 店長はそう言ってくれたが、紗奈の心は晴れなかった。佐々木の苦しそうな顔が頭から離れない。

(どうすれば……)

 紗奈が悩みながら佐々木の残件を確認していると、今度は高橋がズカズカとこちらにやって来た。

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