調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
6二人の思い
 美術館は見晴らしの良い丘の上にあった。
 駐車場に車を停めて二人で歩き出すと、小笠原が「やっぱり」と呟いた。

「香水つけてくれたんだ。亀井さんによく合ってる」
「分かりますか? 仕事終わりに少し……。いつもは気分転換に使っているんですけど折角なので」

 なぜか気恥ずかしくなってしまう。けれど、小笠原は嬉しそうに目を細めていた。

「僕も眼鏡をかけてこれば良かったな。急いで出てきたら、仕事場に置いてきてしまって」
「あれはお仕事用ですもの。今度見せてください」

 そう言ってから、自分の発言がマズかったと気がついた。

(これじゃあ会いに行くって言ってるみたいじゃない! なんて図々しいことを……)

 それなのに小笠原は目を輝かせていた。

「是非いらしてください。楽しみだ」

 紗奈は彼の優しさにほっと胸を撫でおろした。




 美術館の『食とアート展』には想像以上にたくさんの人が訪れていた。

「テレビで特集されるだけあって人気ですね」
「本当に。チケットもらえて幸運だった。……見て、あの絵好きかも」
「え、どれてす?」

 館内には食べ物にまつわる絵画がたくさん展示されていた。絵画の下につけられている解説も面白く、肩の力を入れることなく楽しむことが出来た。

「このスープ、美味しそうだな」
「ですよね! これだけ食べ物に囲まれているとお腹すいちゃう」
「ははは、確かに」

 声のトーンを落としながら話すと、必然的に距離が近くなる。最初はドキドキしていた紗奈だったが、次第に楽しさで気にならなくなっていった。

 不思議なことに目をつける絵画がほとんど同じで、その度に二人で笑い合う。
 紗奈ははしゃぐ心を押さえつけながら、心の底から楽しんだ。



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