調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
2不思議なお客様
 大手眼鏡チェーン店である硝華堂(しょうかどう)。日本全国に多くの支店をもつ老舗の眼鏡店だ。客層も値段も幅広く、「家族みんなで使える眼鏡」というCMが、あちらこちらから聞こえてくる。

「……それでしたら、こちらが合うかもしれません」

 硝華堂さくら支店で働く紗奈は、今日もお客様の眼鏡選びに精を出していた。

「いかがでしょう。よくお似合いかと」
「うん、いいね。これにしよう」

 満足げに頷いたのは紗奈が担当しているお客様だ。五十代くらいでスーツ姿の彼は、鏡で確認しながら顔を綻ばせている。紗奈はこの瞬間がたまらなく好きだった。

「ありがとうございました!」

 お客様のお帰りには頭を下げて見送る。
 今日最後のお客様がお帰りになって、紗奈の緊張がようやくほぐれた。目をぎゅっと閉じて銀色の眼鏡を外す。紗奈の視力は両目とも良好だったが、眼鏡店で働く手前、伊達眼鏡をかけていた。

(今日は特に問題もなかったし、早く帰れそうね)

 店のシャッターを閉めて、パート社員を先に帰宅させる。
 人が減り、静かになった店内で伸びをしていると、後ろから店長に呼び止められた。

「亀井さん、今日お客様から美術館のペアチケットをいただいたんだ。十枚くらいあるから、よければ貰っていって」
「ありがとうございます! いただきます」
「それから今日早く終わったから、面談やっちゃおう」
「はい。今週中でしたね」

 バックヤードの一角で店長と向かい合って座る。
 硝華堂では三ヶ月に一度、上長との面談が義務付けられている。数分程度で終わるものだが、小さな困り事などを上長に伝えられるため、紗奈にとってはありがたい機会だった。

「最近仕事で変わったことはある?」
「うーん……あっ、佐々木さんが時短勤務で復帰されたのでサポートがしたいんですけど、どこまで踏み込んで良いか悩んじゃって」

 紗奈の言葉に店長も悩ましげな表情を浮かべた。

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