側溝の天使

第21話 白亜の館の裏側

「あのう、私、徳田の下で働いておりました吉田と申しますが、よろしければそちらへお伺いしたい事がございます。そちらのご都合のつく日時を教えて頂ければ助かります」



突然の電話に、啓子がいぶかしげな表情をしながらも、そばのカレンダーを見て、



「はい、今週でしたらいつでも結構ですよ」



「では明後日の午後2時頃はいかがでしょうか?」



「はい、お待ちしております」



電話を終えると、お互いに顔を見合わせました。



「一体何の話かな?」



「まさかポン子に噛まれたので損害賠償という話では無いと思うけど」



二日後、吉田さんがいらっしゃいました。まだ手には白い包帯をしておられました。



「この度は私の件でポン子さんを戻す事になりまして、大変申し訳ありませんでした」



「いえいえこちらこそ大変な目に合わせてしまって申し訳ないです」



吉田さんはすぐにポン子のケージに目を向けました。



「ポンちゃーん」



吉田さんが近づくと、相変わらず毛を立ててウーッと威嚇しました。



「もうポンちゃんには触りませんからね。フフフ」



啓子が吉田さんの前にお茶を置くと、



「実は私、あの後すぐに副社長から解雇されました」



「えっ、ご主人では無いのですか?」



「はい。社長は名ばかりで、会社の経営は副社長である奥様が実権を握っておられます」



「へーっ? ひょっとしてポンちゃんが噛みついた所為で解雇に?」



「いいえ、噛みついて怪我を負わせたから辞めさせられたのではなくて、SNSの件が原因です」



「えっ、SNS?」



「はい、ポンちゃんをSNSに挙げるかどうかで、私がこれ以上動物を見世物にしてお金を集めるのは止めませんか、と提案しましたところ会社を辞めてくれとなりまして」



「へーっ、奥さんが?」



「そうです。今から会社が急に大きくなったカラクリをお話致します」



「カラクリ?」



とても謎めいた不思議な言葉でした。



「そうなのです。元々奥様は5年程前に福岡市博多区で喫茶店を始められました。お客さんはそこそこあったらしいのですが、家賃と人件費がかさ張って利益があまり出なかったそうです。ところがある事がきっかけで猫カフェに模様替えされました」



「猫好きの方なんですね」



「いいえ全く。動物好きなのは社長の方でして、奥様はお金にしか執着されません。動物への愛情など一切持っておられません。金儲けの為に猫カフェに切り替えられたのです」



少しだけ奇異な思いが致しました。と申しますのも、分厚いべっ甲眼鏡を掛けた成金趣味のご主人が、てっきり財を成してこられたと思っていたからです。



「奥さんが金儲けの為?」



啓子が聞き返しました。



「そうなのです。結局会っておられないので分からないと思いますが、奥様はとても人あたりが良く言葉も達者な方なので、10人が10人騙されます」



「へー、それである事がきっかけで猫カフェとは?」



「はい、猫カフェを始めるきっかけとなりましたのが、実は龍之介なのです」



「えっ?」



「龍之介が道路上で車に轢かれていたところを社長が連れて帰ってきました。ところがすぐに病院に連れて行って手当をしなければ命に関わります。お金に厳しい奥様と口論になり、とりあえず社長が病院に連れて行きました。ところが足の複雑骨折で手術して一月余りの治療が必要だったのです。その治療代の見積が95万円でした。それで思いつかれたのがSNSへの投稿です。早速、龍之介の手術前の悲惨な写真をインスタグラムやⅩなどのSNSに載せて寄付を募りました。全国から同情の声が集まり、目標を遥かに上回る300万円が集まりました。それで味をしめられたのです。金儲けの始まりは龍之介のお陰なんです。そこで今までの普通の喫茶店をS猫カフェに変えられました。とにかく猫カフェの運営の仕方がすさまじいのです」



啓子も私も話の内容にあっけにとられて聞いておりました。



「沢井様のところもポン子さんをはじめ犬や猫の保護活動をしておられますので、是非聞いて頂きたいと思って今回参りました」



「でその猫カフェの運営ってどんな?」



「はい、福岡県と福岡市の管理センターに保護団体として登録しておりますので、そこから猫を引き出します。通常、保護団体さんは里親が決まりそうな可愛い子や子猫を引き取られます。しかもほとんどの団体さんは、健康上何の問題も無い猫を選ばれるのです。ところが、副社長は違います。絶対に貰い手がつかない病気の猫や身体の不自由な猫を優先的に引き取られます。そして二カ月に一度SNSに載せるとほとんど目標額以上のお金が集まります。もちろん病院通いも頻繁に必要となりますので、専任の職員を募集し治療に連れて行っております。私もその求人広告に応募して雇われました」



一気に話されて喉がカラカラになられたのか、お茶を飲んで一呼吸置かれました。



「まさかそんな悪どい商売が実際にまかり通るなんて… 考えられません」



啓子の目が驚きで宙を向いています。



「そこなんです、私が申し上げたカラクリとは。実態は誰もわかっておりません。管理センターの所長や職員の方々も、殺処分の対象になる様な猫達を引き取ってくれる訳ですから、こんなありがたい話はないのです。私も給料の為と思ってこれまで割り切っておりました。副社長はそんな可哀そうな子を受け入れて猫カフェを運営しております。猫カフェに来る人達は哀れに思って沢山寄付をしたり、中にはいたたまれずに身体が不自由な子や可哀そうな子を引き取って下さる方もいらっしゃいます。その内に行きつけの病院とも提携しております。S猫カフェから引き取った里親さんがその病院のカルテの紹介欄にS猫カフェと書くと、5000円がバックマージンとして会社の口座に入る仕組みになっています」



「寄付など甘い汁を吸って儲けるとは酷い話ですね」



「はい。しかもS猫カフェは従業員ではなく、全員ボランティアさんです。ですからお手当は無しなのです。ランチや定食の余った食材で作るまかない飯を、ボランティアさんに食べてもらっていますからお金もかかりません」



「でもそれでボランティアさんは来るのですか?」



「はい、副社長の言葉巧みな誘導とカフェの中に病気や肢体不自由な可哀そうな猫達がいますから、猫好きな人は自ら名乗り出てお世話をしています」



動物の弱みと人の優しさを同時に食いものにするとは。段々腹立たしさが込み上げて参りました。

-続-
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