側溝の天使

第31話 役所とポン子

年が明けると、福岡にも小雪が舞い、寒さを知らせてまいりました。粉雪が街中を白く覆っています。気温は2度前後です。ポン子の体重はようやく5.5キロになりました。



そんな中、福岡県の野生動物課から電話が入りました。啓子は、ポン子を自然に返すよう要求されるのではと身構えました。



「あのう、私、福岡県野生動物課課長の渡辺と申しますが、以前タヌキの保護の件でお問い合わせされた沢井様のお宅でしょうか?」



「はい、そうですが」



「ちょっとお聞きしたいことがございまして」



「お待ちください。主人と代わりますね」



私も、「タヌキを飼ってはいけない」といった通達かと思い、一瞬緊張が走りました。



「代わりました、沢井良一ですが。ポン子の件で何か?」



「実はそのポン子さんについてお願いがございまして」



「先日、担当の方は“自然に帰せる状態になったら帰してください”と言われましたが……」



「はい、それはその通りなのですが、昨日、地元・九州毎朝新聞に大きくアライグマの件が掲載されまして、その記事を読んだ福岡県の議員の方から、“野生動物の実態を知りたい”との申し入れがあったのです」



「記事には何が?」



「はい、アライグマが作物を荒らすため、県内の自治体が対応に苦慮しているという内容です」



「アライグマが悪者になっているのですか」



「そうなのです。でも先日、担当者が伺った際に、“そちらのタヌキのポン子さんは、ご主人によく懐いている”と聞きました」



「はい、幸い私にはよく懐いております」



「それで、ポン子さんの様子を動画に撮らせていただけないかと思いまして。よろしければ、近々そちらへお伺いさせていただけないでしょうか?」



いつものようにスピーカーフォンにして2人で聞いていましたが、啓子は怪訝な顔をしており、私も戸惑いを感じていました。



「少し家内と相談して、折り返しお電話いたします」



「承知しました。参考までに新聞記事のコピーを後ほどFAXでお送りします。それでは、ご連絡をお待ちしております」



しばらくすると、FAXが届きました。



――「殺処分、誰が担う?」――

そんな見出しが大きく踊っていました。記事の内容は、おおよそ以下のようなものでした。



福岡県直方市の読者が、昨秋アライグマの駆除について市に相談。自宅の菜園からニンジン、大根、カブ、チンゲン菜、さらにはサツマイモやカボチャまでが食い尽くされ、鶏も姿を消した。センサーカメラを設置すると、黒いアイマスク模様の顔をしたアライグマが映っていた。尻尾は灰色と黒の縞模様だった。



市役所に相談すると、「箱ワナを貸すので、捕まえたら自分で殺して、燃えるゴミに出してください」と言われた。また久留米市では、市の職員が対応し、ワナを貸し出した住民から連絡があれば、職員がワナごと専用ケースに入れ、炭酸ガスで酸欠死させている。2020年度には職員6人で計79頭を殺処分した。精神的負担の軽減のため、2人1組での作業になっている。



――という、私たちにとっては大変衝撃的な内容でした。



「そういえば、昔テレビで“あらいぐまラスカル”をやってたから、子どもたちも喜んで見てたわよね」



「その後、ペットとして輸入されてきたなぁ」



「でも、元々アライグマは凶暴だから、手に負えなくなると捨てられて、それが繁殖していったのよね」



「でも、そこまでして殺処分しないといけないのかなぁ? ポンちゃんがそうなったら、可哀そうで目も当てられない」



「うーん、保護と駆除は真逆ですよね。何とか動物と共存できる世の中にならないものか……。もちろん、生活を脅かすほど畑や田を荒らす害獣に困っている農家の気持ちもわかるけど。住み分けとか、保護区を設けて動物が犠牲にならないようにできればありがたいね」



「そういえばあなた、以前カナダに旅行したとき、広大な自然の中をドライブする途中、車を停めて観光客がみんな野生のエルクや角の大きな羊、クマなんかを、一定の距離を保ってじっと観察してたわよね。広い土地と自然があるからこそできるのかもしれない」



「そう。日本の場合は土地が狭くて、その上宅地化が進んで自然を追われた動物たちが、民家の畑や田んぼを食い荒らしている状況だね。何か、被害を防ぐ手立てがあればいいんだけど」



「異常繁殖を防ぐ工夫も必要かもね」



「課長さんの依頼、どうしようか?」



「ポンちゃんのことで少しでも役に立つなら、家に来てもらってもいいと思う」



「そうだね。じゃあ、そうしようか」



課長へ快諾の返事を伝えました。

-続-
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