側溝の天使
第49話 自然が選んだ道
翌朝、久永さんが迎えに来て下さいました。
「昨日はゆっくり寝られましたか?」
「はい、お陰様でたっぷり睡眠をとることができました」
「ポンちゃんは外のケージの中で大人しかったですよ」
「良かったです。ポンちゃんは覚悟しているのかもしれませんね」
すぐに久永さん宅へ到着し、気になってケージへ向かいました。
「ポン子、おはよう。お利口さんにしてたかな?」
いつものようにポン子は私の腕の先から胸や顔のまわりをクンクン匂っておりました。早速、朝の食事を用意してポンちゃんに与えると、ちゃんと食べてくれましたので、安心しながらキャリーケースに入れ、車に乗り込みました。
昨日訪れた元ちゃんフィールドまで参りました。食べ物を置いてしばらく待つことにいたしました。時折、優しい風が頬を素通りしていきます。残念ながら、動物らしき姿がやって来る気配は全くございませんでした。
「今日も駄目なようですね。沢井さんご夫婦がいらっしゃる間に何とか会わせたいと思ったのですが」
「大丈夫ですよ。どんなところか見れただけでも。抜群に環境は良いですし、何より元ちゃんがこの辺りにいるだけで安心します。久永さんのところで自然に帰せるようになるまでお世話をお願いするのは大変心苦しいのですが、どうかよろしくお願いします」
「その点はどうかお任せ下さい。元で経験していますからご心配なく」
私も家内も後ろ髪を引かれる思いで車がある方へ向かいました。諦めて車に乗り込み、ドアを閉めたその時でした。最後尾にいらっしゃった久永さんが、
「あっ元ちゃんじゃないかな。こちらへ来ています。ほら、あそこの笹薮のところ」
久永さんの指先の向こうで、こちらを伺う元らしき姿が見えました。
「間違いなく元ですよ。良かったぁ!」
ほっと致しました。一旦は後部座席へ入れたキャリーケースを車からおろし、しばらくはポン子をこの空気と環境に慣らせることに致しました。元が少し近づいて、じっとこちらの様子を見ています。ただ、あたりを警戒しているのか、なかなかお互いの距離が縮まりません。こちらも遠くからじっと見守っておりました。安心したのでしょうか、やっと食べ物のところへやって参りました。すると、少し離れたところから一回り小さなタヌキが現れました。
「えっ? あれーっ」
久永さんも初めての対面でした。二匹が代わる代わる容器の中の食べ物を漁るように食べております。
「そうか。もうカップルができていたのですね」
「そういえば最近おまけちゃんを見かけなくなったし、違うところにも溜め糞があるとは思ったのですが、まさか彼女がいたとは気がつきませんでした。折角ここまで来ていただいたのに思わぬ展開となってしまって……も、申し訳ありません」
「いいえ、久永さんが謝ることはありません。こればっかりは予見できませんから。どうか心配しないで下さい」
そう言いつつも、これまでの緊張からスーっと力が抜けて参りました。ポン子はケージの中からクンクン鼻を動かしながら、元と彼女の方を見つめておりました。もう少し早くここに来ていたら間に合ったのかもしれません。厳しい現実が目の前にございます。
すると急にポン子が元の方へ向かって「キューッ」と声を発しました。元がそれに応えることはありませんでした。容器の中の食べ物がなくなると、2匹は再び笹薮の中へ消えていきました。啓子の拍子抜けした顔が目に入りました。元と一緒になる期待からここまでやって来ましたので、無理もございません。カップルを目の当たりにして、このまま野に放す気持ちはもう失せてしまいました。しばらくは元と彼女が去った笹薮の方向を見続けました。
「あのう、ポンちゃん福岡へ連れて帰ろうと思います」
「そうですか。沢井さんご夫妻のお気持ちもあるでしょうから。分かりました」
久永さんの家に戻ってご主人にもお礼を申し上げ、お二人に見送られながら出発致しました。
-続-
「昨日はゆっくり寝られましたか?」
「はい、お陰様でたっぷり睡眠をとることができました」
「ポンちゃんは外のケージの中で大人しかったですよ」
「良かったです。ポンちゃんは覚悟しているのかもしれませんね」
すぐに久永さん宅へ到着し、気になってケージへ向かいました。
「ポン子、おはよう。お利口さんにしてたかな?」
いつものようにポン子は私の腕の先から胸や顔のまわりをクンクン匂っておりました。早速、朝の食事を用意してポンちゃんに与えると、ちゃんと食べてくれましたので、安心しながらキャリーケースに入れ、車に乗り込みました。
昨日訪れた元ちゃんフィールドまで参りました。食べ物を置いてしばらく待つことにいたしました。時折、優しい風が頬を素通りしていきます。残念ながら、動物らしき姿がやって来る気配は全くございませんでした。
「今日も駄目なようですね。沢井さんご夫婦がいらっしゃる間に何とか会わせたいと思ったのですが」
「大丈夫ですよ。どんなところか見れただけでも。抜群に環境は良いですし、何より元ちゃんがこの辺りにいるだけで安心します。久永さんのところで自然に帰せるようになるまでお世話をお願いするのは大変心苦しいのですが、どうかよろしくお願いします」
「その点はどうかお任せ下さい。元で経験していますからご心配なく」
私も家内も後ろ髪を引かれる思いで車がある方へ向かいました。諦めて車に乗り込み、ドアを閉めたその時でした。最後尾にいらっしゃった久永さんが、
「あっ元ちゃんじゃないかな。こちらへ来ています。ほら、あそこの笹薮のところ」
久永さんの指先の向こうで、こちらを伺う元らしき姿が見えました。
「間違いなく元ですよ。良かったぁ!」
ほっと致しました。一旦は後部座席へ入れたキャリーケースを車からおろし、しばらくはポン子をこの空気と環境に慣らせることに致しました。元が少し近づいて、じっとこちらの様子を見ています。ただ、あたりを警戒しているのか、なかなかお互いの距離が縮まりません。こちらも遠くからじっと見守っておりました。安心したのでしょうか、やっと食べ物のところへやって参りました。すると、少し離れたところから一回り小さなタヌキが現れました。
「えっ? あれーっ」
久永さんも初めての対面でした。二匹が代わる代わる容器の中の食べ物を漁るように食べております。
「そうか。もうカップルができていたのですね」
「そういえば最近おまけちゃんを見かけなくなったし、違うところにも溜め糞があるとは思ったのですが、まさか彼女がいたとは気がつきませんでした。折角ここまで来ていただいたのに思わぬ展開となってしまって……も、申し訳ありません」
「いいえ、久永さんが謝ることはありません。こればっかりは予見できませんから。どうか心配しないで下さい」
そう言いつつも、これまでの緊張からスーっと力が抜けて参りました。ポン子はケージの中からクンクン鼻を動かしながら、元と彼女の方を見つめておりました。もう少し早くここに来ていたら間に合ったのかもしれません。厳しい現実が目の前にございます。
すると急にポン子が元の方へ向かって「キューッ」と声を発しました。元がそれに応えることはありませんでした。容器の中の食べ物がなくなると、2匹は再び笹薮の中へ消えていきました。啓子の拍子抜けした顔が目に入りました。元と一緒になる期待からここまでやって来ましたので、無理もございません。カップルを目の当たりにして、このまま野に放す気持ちはもう失せてしまいました。しばらくは元と彼女が去った笹薮の方向を見続けました。
「あのう、ポンちゃん福岡へ連れて帰ろうと思います」
「そうですか。沢井さんご夫妻のお気持ちもあるでしょうから。分かりました」
久永さんの家に戻ってご主人にもお礼を申し上げ、お二人に見送られながら出発致しました。
-続-