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◆第1章 崩壊

 6月某日。
 入学式から2か月以上経ち、教室の空気にもかなり順応し始める頃。

 お互いを探り合うような、ナーバスで油断ならない雰囲気を越え、それぞれ自分の立ち位置を確立していた。
 誰とつるむか、誰と誰の仲がいいか。
 目立つグループ、地味なグループ、と教室内の人間関係が固定化されつつある。

「……それでさ、キレて帰っちゃったの。マジありえなくない?」

 ばち、と亜里沙(ありさ)と目が合ったことで我に返る。
 そうだった、彼氏の愚痴を聞かされているところだった。
 とっさに眉を寄せ、顔をしかめてみせる。

「えー、それはひどいね。亜里沙も怒っていいと思う」

「だよね!? 乙葉(おとは)、分かってくれる?」

「そんなこと言って次の日には仲直りしてるんでしょ。いつもそのパターンだよね。中2のときからずっとそうだもん」

 (あん)が苦笑混じりに言うと、亜里沙は満更でもなさそうに「まあね」と笑った。
 わたしも笑みを浮かべながら「羨ましいなぁ」なんて適当に相づちを打っておく。

(……知らないし)

 心の中でつい悪態をついた。
 亜里沙ののろけ話なんて興味もなければ、中学時代の話も知ったところじゃない。
 同じ学校出身のふたりには共通の認識がある話題でも、わたしにはまるでぴんと来ない。

 いつもそうだ。
 ことあるごとに中学時代の話を持ち出すせいで、そのたびわたしは蚊帳(かや)の外に放り出される。
 もともと親交があるふたりに対し、明らかに遅れを取っているような疎外感があった。

 体育のペア決めも、校外学習のバスの座席も、もはや暗黙の了解。
 ふたりのスマホケースにふたりだけが写っているプリクラが入っているのも見て見ぬふり。

 わたしは愛想笑いしながら、いつもただ調子を合わせることしかできない空気みたいな存在だ。
 しっかり踏ん張っていないと、しがみついていないと、簡単に飛ばされて流されていく。

 たまに自分は透明人間なんじゃないかと思えてくるほど、(ぼつ)個性化して溶け込んでいた。
 どう頑張ったって、ふたりの間には入れないと分かっているから。

 女子の3人組は見た目以上に残酷で、一見仲良さげに見えても、そのうちのふたりは常に蹴落とし合っているもの。
 だいたい、いつもわたしが入れない話題を持ち出すのは杏の方だった。
 彼女はたぶん、わたしをよく思っていないんだろう。
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