もう恋なんてしないはずだったのに〜御曹司課長課長の一途な愛に包まれて〜

プロローグ

土曜の昼下がり。 街角のカフェは、まるで小さな劇場のようにざわめいていた。 
テーブルの上にはラテの泡で描かれたハート、ケーキをつつくフォークの音。隣席から聞こえてくる笑い声が、やけに眩しく耳に届く。  その中で、花菱(はなびし)日菜(ひな)の座るテーブルだけが、ひどく静まり返っていた。

「……もう、終わりにしよう」

対面に座る佐伯(さえき)皓介(こうすけ)は、カフェの喧騒に溶けて、現実味を帯びない。日菜は思わず聞き返した。

「……え?」

彼は目を逸らし、溶けかけたアイスコーヒーのグラスを指先でいじりながら続ける。

「日菜って、何でも頑張りすぎるんだよ。料理も、英会話も、資格試験まで。……そんなに完璧にされるとさ、正直、息が詰まるんだ」  
胸の奥に冷たいものが落ちていく。(でも、それを求めたのは誰だった? 手料理を覚えろと言ったのも、英語ぐらいできないと笑ったのも、資格があったら便利だと言ったのも……全部、彼だったはずなのに)
彼のために努力し続けた。仕事の合間を縫って、夜遅くまでテキストを開き、休日も料理教室に通った。彼が「理想の恋人」として望んだから。それだけの理由で。
それなのに、今はその努力が「重い」とあなたがいうの?
この努力の先に待っていたのは「上司の娘と結婚する」だった。

「自然体でいられるんだ、あの人の隣は。居心地がいいんだよ」

彼そう無邪気に笑った。
違うでしょ、それは。居心地がいいからじゃない。皓介にとって“有利“だからだ。彼はそういう人だった、と心が冷えていくのがわかった。
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