もう恋なんてしないはずだったのに〜御曹司課長課長の一途な愛に包まれて〜

隠されたスキル

会議室の空気は、重く淀んでいた。 
海外取引先とのオンライン会議。先方から突然の質問が飛んできて、担当の営業がしどろもどろになる。どうやら緊急の調整が必要になっているようだ。担当の松木(まつき)さんは多少の英語もできるため今回のプロジェクトを任されている。松木さんは面倒見もよく困っている後輩がいればさりげなくフォローしてくれる、そんな頼れる先輩だ。そんな彼が徐々に白熱してしまうやり取りに理解が追いつかなくなってきているようだった。額に汗を滲ませ相手の言葉を聞き取ろうと耳をそばだてていた。

「え、えっと……確認しますので、少々……」 

沈黙が落ち、相手の声は苛立ちを含んで徐々に早口になっていた。
(このままじゃ……まずい。何か返さなきゃ)
相手の言いたいことも求めている回答も聞き取れていた。気づけば、日菜の指先はメモを走らせていた。 胸の奥がどきどきと高鳴る。普段の自分なら絶対に出ない一歩。けれど、このままでは打ち合わせが崩れてしまう。
いつもの私なら、決して手を挙げることはなかっただろう。目立ちたくない、波風を立てたくない、それが自分の生き方になっていたから。
でも松木さんの困っている様子に胸が痛む。勇気を振り絞り口を開いた。

「失礼します。私が対応いたします」

気づけば声に出していた。視線が一斉に集まる。心臓が跳ねる音を抑えながら流れるように英語を口にすると相手はホッとしたように表情を和らげ、状況を説明し始めた。
相手の言葉を正確に訳し、それを松木さんに伝える。松木さんも落ち着いたのか、相手の話す言葉がゆっくりになったからかこちらの要望も自分の言葉で説明できるようになっていた。
その後も通訳として補佐しつつ商談も進めていけることになった。
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