もう恋なんてしないはずだったのに〜御曹司課長課長の一途な愛に包まれて〜

黒スーツの女

日菜勤めるマークスコーポレーションは日本でも指折りの大手商社。その広いオフィスの一角に、日菜は今日も静かに座っていた。営業事務として黙々と仕事をこなし、目立つことは避けてきた。
元々皓介のためおしゃれに気を配り服装もネイルも髪型も全て気を配ってきた。そんな私が今の服装に代わり周囲はかなり驚いていた。でも気を使ってか誰もその変化を口にする人はいなかったのは幸いだった。
今日も黒のスーツに、淡いピンクベージュのブラウス。けれど色味のせいか、派手さよりも無難さが際立つ。髪は肩までの黒髪をきちんと結い、ネイルはしていない。
社内には流行りのカラーメイクや柔らかいパステルスーツに身を包む女性社員も多い中、日菜はまるで壁の模様の一部のように目立たなかった。

「花菱さんって、ほんと真面目だよね」

コピー機の前で同僚に軽く笑われても、表情は変わらない。

「……そうですかね」と返す声は穏やかで抑揚が少ない。笑われても気にしない。気にする余裕なんて、もうとっくに捨てた。与えられた仕事をただ黙々とこなす。それだけが、今の自分の役割だ。  ――そう、少なくとも会社では。

「では、この数字の修正案を、次回までに各自まとめてください」

低くよく通る声に、会議室の空気が一瞬引き締まった。 視線を上げれば、テーブルの端に座る渡瀬(わたせ)真紘(まひろ)課長の姿。185センチはあろうかという背に中肉中背でスーツをさらりと着こなしつつ、きっちりと結ばれたネクタイ。サラサラとした髪をかきあげる仕草は誰もがイケメンと口を揃えて言う。そんな整った容姿だがどちらかというと派手さはなく、穏やかで静かな雰囲気を纏っていた。
「はい!」と声を揃える同僚たちの中で、日菜だけは小さく頷いた。
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