もう恋なんてしないはずだったのに〜御曹司課長課長の一途な愛に包まれて〜

昇進と不在

人事発表の日、オフィスにはいつもと違うざわめきが流れていた。一斉にメールで送信された発表を見て同僚たちがひそひそと声を交わしていた。

「ほんとに課長、部長に昇進だって」
「やっぱりあの海外案件の成功が大きかったんだろうな」
「でも若さでここまで出世するなんて、やっぱりただ者じゃないよ」

そんな声があちらこちらから聞こえてくる。この間の海外との商談もこの人事に絡んでいたのではないか、とひそひそ話を聞きながらそっと胸を押さえた。やっかみ少々、尊敬大半、と言ったところのようだ。
すごいなあ課長。いや、これからは「渡瀬部長」と呼ばなければいけない。
昇進は喜ばしいことのはずなのに、心の奥には妙なざわつきが広がっていた。今までより遠い存在になってしまったような、そんな感覚。ううん、今までの距離に戻ると言ったほうが正解なのかもしれない。最近親しく話せるようになったから勘違いしてしまいそうになったが、元々は自分と縁のない存在だったんだ、と自分に言い聞かせた。
昼休み、給湯室でお茶を淹れていると、先輩が声をひそめて言った。

「聞いた? 渡瀬部長ってどうやらすごい家の御子息らしいわよ」

「え……そうなんですか?」

「うん。役員が『ご実家の期待もあるし』って話してるのを耳にしちゃって。もしかして次期経営陣候補とか、そういう……」

言葉が耳に残ったまま、湯呑みを持つ手が少し震えた。やっぱり、特別な人なんだ。自分とは世界が違う。そう思えば思うほど、胸が苦しくなった。だが、その日の夕方部長は何事もなかったかのようにいつも通り声をかけてきた。
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