光の向こうへ

白い部屋と青い空

六月の夕暮れ、診察室の窓から吹き込む風は湿っていた。
 机に積まれたカルテの間に、一冊だけ異質なノートが差し込まれている。中学生の字でびっしりと書かれた日記帳。それは彼女が毎日つけている服薬記録であり、愚痴のノートでもあった。

「お兄ちゃん。また薬?」
 ベッドに腰かける咲は、眉間に皺を寄せて僕をにらむ。
 僕は白衣を脱ぎかけたまま、薬の入った小瓶を机に置いた。

 「飲まないと、また熱出るよ」
 「わかってる。でも、もう嫌になっちゃった。なんで私だけ、こんな思いしなきゃいけないの?」

 彼女――咲(さき)は、中学二年生。血のつながりはないけれど、僕の妹だ。両親を早くに亡くした彼女を、僕は大学生の頃から引き取って育ててきた。
 医者になった今も、彼女の主治医であり、保護者であり、兄である。
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