光の向こうへ

境界線の上で

数日後の夜、アパートのリビングは静まり返っていた。
 冷蔵庫のモーター音と時計の針の音だけがやけに大きく響く。

 咲は自室に閉じこもり、ドアの向こうからは物音一つ聞こえない。
 「咲、入るよ」
 そう声をかけても返事はない。

 ドアを開けると、机の上に教科書やノートが乱雑に置かれていた。
 その中に、薬のシートだけが取り残されたように転がっている。
 ――未開封のまま。

 咲はベッドの上に丸くなっていた。イヤホンを耳に差し、顔を枕にうずめている。
 「咲」
 呼びかけても、わざと無視するかのように身体を固くした。

兄として僕は、ただ抱きしめてやりたいと思った。
 医者としての僕は、薬を飲ませなければという焦りに駆られる。
 その二つの感情が、胸の中でせめぎ合う。
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