光の向こうへ

くすりの音

病院の廊下は、いつも独特の静けさに包まれている。消毒液の匂いと、遠くで鳴るナースコールの電子音。僕にとっては慣れた環境だが、咲にとっては世界を狭める檻のようなものだった。

 「今日も検査、するの?」
 診察室のベッドに腰をかけ、咲は視線を逸らす。制服のスカートが少しよれて、彼女の小さな不満を表していた。

 「採血だけ。すぐ終わるよ」
 僕は笑ってみせたけれど、その笑みが彼女に届かないことも、もう分かっていた。

 針を刺すとき、咲は顔を背けて小さな声で呟いた。
 「痛い……もう、やだ」

 僕は手を止めずに応える。
 「ごめん。でも、これをしないと病気をちゃんと把握できないんだよ。」
 「病気、病気って……。兄ちゃんの口からそればっかり。ねえ、私って、ただの患者なの?」

 心臓を握られるような言葉だった。
 「患者」じゃなく「妹」だと、すぐにでも言い返したかった。けれど、僕は白衣を着て、注射器を持ち、冷静な声でしか彼女に向き合えない。
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