勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~
第2話 草もじゃ作戦
シオン様の稽古を見届けた後、私も身支度をして部屋を出る。
いつも通り一番に向かうのは、調合室。
私の仕事であり、子爵家の私がグラーツ公爵家の妻に選ばれた理由。
調合室に入ると、執事長のマシューさんが調合の準備をしてくれていた。
彼は長年執事としてグラーツ公爵家に仕えていて、シオン様のことをよく知っている一人だ。
「ティア様、おはようございます」
「おはようございます。いつも事前に準備をしていただいてありがとうございます」
「いえいえ、本来なら公爵夫人がすることではないのですから」
「ですが、私がこの家に嫁いできたのはこのためですので」
私はここで、農作物の肥料を作っている。
植物の成長を促進させる能力を持っていた私は、学園時代その能力を反映させた肥料作りの研究をしていた。
その技術と能力をグラーツ公爵に買われ、シオン様の妻となったのだ。
今では私の作った肥料で領地の農園は大きく繁栄している、と自負しておく。
私は慣れた手つきでマシューさんが準備してくれていた薬草や堆肥を調合し、魔力を込めながら混ぜ合わせていく。
「うん。今日も問題なく良い感じ」
幼い頃はこの力で庭の草木を成長させ、ジャングルのようにしてよく父に怒られていた。
まさかそんな私が公爵夫人になるなんて思っていなかっただろうな。
まあ、それももう少しで終わりなのだけれど。
「離縁しても、ちゃんと肥料は提供しますからねー」
なんて呟きながら今日の分の肥料作りを終えた。
そして向かうのは中庭。
先ほどまでシオン様とクラウド様が稽古をしていた場所。
「ああ、こんな神聖な場所を今から侵すなんて……やっぱり他のことを……」
だめよ、やるって決めたじゃない!
私はこの中庭を、草もじゃもじゃの煩わしい場所にしようとしている。
そんなことをしたら、私に呆れて愛想を尽かすはず。
この時間、シオン様は執務室で書類仕事をしている。
気付かれないように、中庭の芝生一面に成長魔法をかけた。
するとみるみるうちに芝の葉が伸びていく。それは、普通の芝では有り得ないほどの長さだ。
私の膝丈くらいまで伸びたところでいったん止める。
「けっこうもさもさして邪魔くさくなったな。でも、シオン様の背丈ならそうでもないかな? もう少し伸ばそう」
成長魔法を再開する。
腰くらいまでの長さになった。
これじゃ、ただの草原だな。もっと呆気にとられるような感じにしよう。
そんなことを思っていたら……
「ちょっと、やり過ぎちゃったかも……」
私の視界は芝の葉一色になった。
シオン様が立って、頭が出るくらいだろうか。
でもこれならきっと、さすがに怒るだろう。
私は部屋に戻って、憤慨してやって来るシオン様を待つとしよう。
ふう、とひと息ついて足を進める。が、前が見えなくて今どの辺りかわからない。
かき分けてもかき分けても芝芝芝。
中庭のど真ん中でするんじゃなかった。
これじゃ離縁を言い渡される前に行方不明だよ。
どうしよう……。
その時、後ろから腕を掴まれた。
振り返るとそこにはシオン様がいた。
「ティア、何をやっているんだ?!」
「シオン様ぁ……っ」
泣きつきそうになって、ハッとなって思い留まる。
だめだめ。ここは毅然とした態度でいかないと。
「芝を、成長させてみたのです」
「どうして?」
「それは……草木がいっぱいの方がいいと思ったからです!」
「そうだったのか」
そんなわけないでしょ!
普通、前が見えなくなるくらいまでこんなことをして怒らない?!
「いいのですか?!」
「ティアがそうしたいのなら」
やっぱり……。シオン様は私が何をしても怒らない。
私なんかに怒る気も湧かないんだ。
「こんな状態では中庭が使えませんよ」
「まあ、草むしりをするのも運動になっていいんじゃないか」
公爵邸の広い中庭の草むしりをするなんて大変過ぎる。
全然怒ってくれないし、この作戦は失敗かぁ。
「私も、草むしりします……」
「ティアはしなくていいよ。それより、相当な魔力を使ったんじゃない? 部屋に戻って休もう」
シオン様は先導するように私の前を歩いていく。
けれど、次の瞬間シオン様が「うわっ」と声をあげる。
まずい! そっちは井戸のある場所だ。
このままでは落ちてしまう!
私は咄嗟に近くにあったツタの木の蔓を伸ばし、シオン様の体にシュルシュルと巻き付ける。
そして思いっきり引き上げた。
クラウド様のように上手く抱きとめることはできず、そのまま二人で倒れこんだ。
急いで起き上がり、シオン様を覗き込む。
「シオン様大丈夫ですか?! すみません、私が芝を伸ばすなんて面倒なことをしたばっかりに……」
「僕は大丈夫だよ。それよりティア、植物を成長させるだけじゃなくて動きまで操ることができるようになったんだね」
「あ、はい……。自分の力が他にも何か使えないかと色々試してみたりしているんです。まだこんなことしかできませんが」
私は両手に伸ばした蔓を持ち、ヌンチャクを振り回すようにシュッシュッとやって見せた。
「ははっ、なにそれ面白いね。そんな練習してるなんて知らなかったよ」
シオン様がお腹を抱え、無邪気に笑っている。
こんな表情、私に向けてくれるのは初めてだ。
なんだか、可愛い。もっと、こんな顔を見せて欲しいな……。
いやいや何考えてるの。私は離縁するんだから!
シオン様とクラウド様が幸せになるためには私は邪魔なのよ。
今回は失敗してしまったけれど、次はもっと上手くやらないと!
いつも通り一番に向かうのは、調合室。
私の仕事であり、子爵家の私がグラーツ公爵家の妻に選ばれた理由。
調合室に入ると、執事長のマシューさんが調合の準備をしてくれていた。
彼は長年執事としてグラーツ公爵家に仕えていて、シオン様のことをよく知っている一人だ。
「ティア様、おはようございます」
「おはようございます。いつも事前に準備をしていただいてありがとうございます」
「いえいえ、本来なら公爵夫人がすることではないのですから」
「ですが、私がこの家に嫁いできたのはこのためですので」
私はここで、農作物の肥料を作っている。
植物の成長を促進させる能力を持っていた私は、学園時代その能力を反映させた肥料作りの研究をしていた。
その技術と能力をグラーツ公爵に買われ、シオン様の妻となったのだ。
今では私の作った肥料で領地の農園は大きく繁栄している、と自負しておく。
私は慣れた手つきでマシューさんが準備してくれていた薬草や堆肥を調合し、魔力を込めながら混ぜ合わせていく。
「うん。今日も問題なく良い感じ」
幼い頃はこの力で庭の草木を成長させ、ジャングルのようにしてよく父に怒られていた。
まさかそんな私が公爵夫人になるなんて思っていなかっただろうな。
まあ、それももう少しで終わりなのだけれど。
「離縁しても、ちゃんと肥料は提供しますからねー」
なんて呟きながら今日の分の肥料作りを終えた。
そして向かうのは中庭。
先ほどまでシオン様とクラウド様が稽古をしていた場所。
「ああ、こんな神聖な場所を今から侵すなんて……やっぱり他のことを……」
だめよ、やるって決めたじゃない!
私はこの中庭を、草もじゃもじゃの煩わしい場所にしようとしている。
そんなことをしたら、私に呆れて愛想を尽かすはず。
この時間、シオン様は執務室で書類仕事をしている。
気付かれないように、中庭の芝生一面に成長魔法をかけた。
するとみるみるうちに芝の葉が伸びていく。それは、普通の芝では有り得ないほどの長さだ。
私の膝丈くらいまで伸びたところでいったん止める。
「けっこうもさもさして邪魔くさくなったな。でも、シオン様の背丈ならそうでもないかな? もう少し伸ばそう」
成長魔法を再開する。
腰くらいまでの長さになった。
これじゃ、ただの草原だな。もっと呆気にとられるような感じにしよう。
そんなことを思っていたら……
「ちょっと、やり過ぎちゃったかも……」
私の視界は芝の葉一色になった。
シオン様が立って、頭が出るくらいだろうか。
でもこれならきっと、さすがに怒るだろう。
私は部屋に戻って、憤慨してやって来るシオン様を待つとしよう。
ふう、とひと息ついて足を進める。が、前が見えなくて今どの辺りかわからない。
かき分けてもかき分けても芝芝芝。
中庭のど真ん中でするんじゃなかった。
これじゃ離縁を言い渡される前に行方不明だよ。
どうしよう……。
その時、後ろから腕を掴まれた。
振り返るとそこにはシオン様がいた。
「ティア、何をやっているんだ?!」
「シオン様ぁ……っ」
泣きつきそうになって、ハッとなって思い留まる。
だめだめ。ここは毅然とした態度でいかないと。
「芝を、成長させてみたのです」
「どうして?」
「それは……草木がいっぱいの方がいいと思ったからです!」
「そうだったのか」
そんなわけないでしょ!
普通、前が見えなくなるくらいまでこんなことをして怒らない?!
「いいのですか?!」
「ティアがそうしたいのなら」
やっぱり……。シオン様は私が何をしても怒らない。
私なんかに怒る気も湧かないんだ。
「こんな状態では中庭が使えませんよ」
「まあ、草むしりをするのも運動になっていいんじゃないか」
公爵邸の広い中庭の草むしりをするなんて大変過ぎる。
全然怒ってくれないし、この作戦は失敗かぁ。
「私も、草むしりします……」
「ティアはしなくていいよ。それより、相当な魔力を使ったんじゃない? 部屋に戻って休もう」
シオン様は先導するように私の前を歩いていく。
けれど、次の瞬間シオン様が「うわっ」と声をあげる。
まずい! そっちは井戸のある場所だ。
このままでは落ちてしまう!
私は咄嗟に近くにあったツタの木の蔓を伸ばし、シオン様の体にシュルシュルと巻き付ける。
そして思いっきり引き上げた。
クラウド様のように上手く抱きとめることはできず、そのまま二人で倒れこんだ。
急いで起き上がり、シオン様を覗き込む。
「シオン様大丈夫ですか?! すみません、私が芝を伸ばすなんて面倒なことをしたばっかりに……」
「僕は大丈夫だよ。それよりティア、植物を成長させるだけじゃなくて動きまで操ることができるようになったんだね」
「あ、はい……。自分の力が他にも何か使えないかと色々試してみたりしているんです。まだこんなことしかできませんが」
私は両手に伸ばした蔓を持ち、ヌンチャクを振り回すようにシュッシュッとやって見せた。
「ははっ、なにそれ面白いね。そんな練習してるなんて知らなかったよ」
シオン様がお腹を抱え、無邪気に笑っている。
こんな表情、私に向けてくれるのは初めてだ。
なんだか、可愛い。もっと、こんな顔を見せて欲しいな……。
いやいや何考えてるの。私は離縁するんだから!
シオン様とクラウド様が幸せになるためには私は邪魔なのよ。
今回は失敗してしまったけれど、次はもっと上手くやらないと!