勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~

第24話 決意

 翌日、シオン様が領地から帰ってきた。
 野菜をたくさん持って帰ってきてくれて、いっぱい食べようねと笑ってくれる。
 その笑顔をみて、胸が苦しくなった。

 嬉しい。でもこれ以上、役立たずの私に気を遣わせるわけにはいかない。
 お疲れの様子だったけれど、私は話を切り出すことにした。

 夜、ベッドに入る前にシオン様に話があると持ちかけた。
 並んでベッドに腰掛ける。
 シオン様は変わらずにこやかな顔で私を見る。
 ずっと、仮面を被っているような微笑みが好きではなかった。でも、この微笑みはシオン様の優しさなのだと今ならわかる。

「ティア、話しって?」
「シオン様、私は……きっともう、魔法を使うことができません。グラーツ家にいる理由がなくなったのです」
「どうしてそんなこと言うの? たとえ魔法が使えなくても、仕事ができなくても、ティアは僕の妻だよ。それが、ここにいる理由だよ」
「ですが、私がシオン様と結婚した理由は領地のためです。何もできない私に、妻である資格などありません」
「結婚した理由はそうだったかもしれない。でも、その役目が果たせなくなったからといって僕はティアを必要ないなんて思わないよ」

 シオン様は優しい。
 役に立たなくなったからといって追い出すようなことはしないとわかっている。
 ただこれは、私の弱さだ。

「私、自信がないんです。シオン様の妻でいる自信が……。領民たちにも顔向けできません」
「彼らはそんなこと気にしないよ。みんな、ティアの力じゃなくて、ティア自身のことが好きなんだから」
「私も、みんなのことが好きです……」

 俯く私の手を握るシオン様。
 覗き込んでくる表情は真剣だった。

「心配かけるといけないと思って言ってなかったんだけど、実はティアが魔法を使えなくなったのには原因があるんだ」
「どういうことですか?」
「ティアが刺されたときに使われた短剣は、魔道具だったんだよ。刺された者の魔力を奪う闇魔道具だよ」
「闇、魔道具……私の魔力は元に戻るのでしょうか」
「それがまだわからないんだ。いろいろ調べてはいるんだけど、有力な情報は掴めていない。黙っていてごめんね」

 元に戻る方法を探してはいるものの、私に期待させたり、変に不安にさせたりしないように黙っていたそうだ。
 薬師や魔道具師などに話を聞いて回ったりもしてくれたらしい。
 最近出かけることが多かったのは、そのためだったんだ。

「私のためにいろいろとしていただいてありがとうございます」

 魔道具のせいだなんて知らなかった。体調を崩したことで、魔力の巡りが変わって魔法が使えなくなったのだろうかと思っていた。
 もし、何かわかれば私の魔力は戻るのだろうか。

 そうすればまた、シオン様の妻として役に立つことができる?
 今まで通り、一緒にいることができる?

 ――何を、考えているんだろう。
 そんなもしもの話をしたって、どうしようもない。
 それに私は自分から別れを告げるって決めたじゃない。
 
 私が役立たずだからじゃない。たとえそれでもいいと言われても、私はもう決めたたんだ。

 シオン様の幸せを願って、離れることを。

「シオン様、私と離縁してください」
「ティア……どうして? 魔法が使えないことをそんなに気にしてるの?」
「違います。愛する人と一緒にいるべきだと思うからです」

 シオン様の表情が変わった。
 ずっと、優しく諭すように話していたのに、まるで色を失ったような瞳で私を見る。

「愛する人と……? それが、ティアの願いなの?」
「はい」

 シオン様が、愛するクラウド様と人生を共に歩むことが私の願いだ。

「そっか。そう、だよね。……わかった」

 悲しそうに受け入れるシオン様の声に、涙が溢れそうになるのを堪える。
 ここで泣いたらだめだ。
 私が告げた離縁なのだから、毅然とした態度でいなければ。

「明日、荷物をまとめて出て行きます。今日はもう、寝ましょう」

 シオン様は黙ったまま頷くとベッドに入った。
 私も隣に寝転ぶ。肩と肩が触れそうな距離。いつの間にかこの距離が当たり前になっていた。
 この温もりが幸せで安心した。それも、今日で最後。
 私から手放すのに、苦しくて寂しくて、朝が来なければいいなんて身勝手な考えが浮かぶ。

 シオン様は、どう思っているだろう。
 少しは寂しいと思ってくれているだろうか。
 クラウド様と幸せになって欲しいけれど、私のこともたまには思い出してくれるといいな。

 本当は離縁しても、肥料を作り続けてグラーツ領のためにずっと働くつもりだった。
 でも、もうそれさえできない。
 私たちはこれからなんの関係もなくなるんだ。

 私は、一人で生きていくんだ。

 目を閉じると、我慢していた雫が一粒流れ落ちていった。

 誰かを想い、涙を流す理由がわかった気がする。
 これが、愛するということなんだ。
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