勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~
第25話 離縁の日
朝、窓から差し込む朝日で目が覚める。
正直、あまり眠れなかった。
隣で眠るシオン様に顔を向け、じっと見つめる。
私は今日、この家を出て行く。
だから、できるだけ長くシオン様の顔を近くで目に焼き付けておきたかった。
少しすると、シオン様が目を開けた。
寝転んだまま顔をこちらに向ける。
「ティア、おはよう」
「おはようございます、シオン様」
昨日、あんな話をしたあとで不安だったけれど、いつもと変わらない笑顔を見せてくれた。
幸せで、悲しい朝だ。
その後、何かを言うわけでもなく、荷物をまとめ始める。
元々私が持ってきたいたものは少なかったので、すぐに荷造りは終わった。
突然のことに、マシューさんや使用人たちはひどく驚いていたけれど、二人が決めたことならと何も言わなかった。
玄関先でみんなに見送られ、挨拶を交わす。
「ティア様、お元気で」
「寂しくなりますね」
「短い間でしたが、本当にお世話になりました」
深々と頭を下げ、家を出る。
シオン様だけは、門の外までついてきてくれた。
最後に向かい合い、別れを告げる。
やっぱり寂しくて、涙が溢れそうになるのを堪える。
そして、目一杯の笑顔を向ける。
「シオン様、どうかお幸せに」
「っ……ティアがいない人生なんて……いや、なんでもない。ティアも幸せになってね、約束だよ」
「……はい」
名残惜しさを感じながらも、グラーツ家をあとにする。
何度も振り返ってしまいそうになるけれど、必死に耐えた。
振り返って、もしシオン様がまだ私を見ていれば、戻ってしまいそうだったから。
これからどうするかは決めていない。
とりあえず、実家に戻ろうかな。お父様とお母様、びっくりするだろうな。
驚き過ぎて倒れてしまわないだろうか。
本当は自分で肥料などの販売をして自立して生活していくつもりだったのに。
でも、行くところもないしな。
ぼんやりと実家までの道のりを歩いていると、商店に並ぶ野菜が目に入った。
ジーク領産と書かれてある。鮮やかでみずみずしい野菜たちはとてもおいしそう。
「もう、王都に流通するまでになったんだ」
私が体調を崩してすぐ、ユリウス様にはしばらくの間お仕事ができないと断りの連絡を入れた。
畑の野菜は領民たちとしっかり育てていくので気にしないでと言われていたけれど、ここまでになっているなんてすごいな。
私はカブラナを一つ買った。
近くのベンチに座り、小さくかじる。シャリっと音を立て、水分が口の中に溢れる。
「甘味があって美味しい」
旨味が全身に染みるようだった。なんだか、身体が温かい。
あれ、この感じ――。
忘れかけていた、身体の巡り。
この違和感を確かめるために、私はジーク領へ向かうことにした。
◇ ◇ ◇
――私のご主人様には、愛している人がいる。
私、マシュー・フランマ。
グラーツ公爵家に仕え始めて四十年。先代が亡くなり、ずっと息子のようにお世話をしてきたシオン様が当主になった。
シオン様には長年お慕いしている方がいる。
なぜいち執事である私が知っているのかというと、学園時代からずっと、ティア様の名前を頻繫に口にしていたから。
それにより、お父様がティア様の研究に興味を持ち、シオン様の結婚相手に選んだ。
お父様がティア様を嫁にすると告げたときの隠しきれない喜びの笑みを、私は忘れることはないだろう。
けれども先日、ティア様はグラーツ家を出ていってしまわれた。
訳を聞いても、これでいいんだと言うばかりではっきりとした理由はわからない。
確かにシオン様は言葉足らずなところがあり、少しの行き違いがあったかもしれない。
それでも、とても仲睦まじい夫婦だったのに。
シオン様の憔悴具合といえば計り知れないものがある。
毎朝欠かさなかった鍛錬はやめてしまわれ、食欲もなく、執務室ではボーっとしている。
「シオン様、ティア様のお部屋は――」
「ティアがどうしたの?! もしかして、戻ってきた?」
「いえ、ティア様のお部屋はいかがしましょう。片付けて他の空き部屋同様客室に整えることもできますが」
「それはいい。そのままにしておいて……」
「かしこまりました」
ティア様の名前を出しただけであんなに取り乱しておられる。
やはり、忘れることはできないのだろう。
それもそうだ。あんなに愛しておられたのだから。
「――今から、使用人会議をはじめます」
グラーツ家は公爵家としては珍しく、使用人が少ない。
料理長と侍女二人、そして執事である私の四人だ。
少ないけれどその分、団結力があると思っている。
「みんなもわかっていると思いますが、シオン様が大変落ち込んでおられます。このままでは体調を崩してしまわれるでしょう」
「ティア様がいなくなって、寝つきも悪いみたいです」
「食事も残すようになりましたねえ」
「私、庭の畑で隠れて泣いている姿を見てしまいました」
みんな、このままではいけないと思っている。
できるだけ、シオン様に元気を出してもらえるよう話し合った。
「食欲がなくても食べやすいメニューを考えます」
「よく眠れるようにお部屋にアロマを焚いてみます。ティア様も好きでしたし」
「私は今畑に植えられている野菜たちが枯れないようにお手入れします」
「みなさん、よろしくお願いします。それと、ティア様がいつ帰ってきてもいいようにお部屋も今まで通り維持しておきましょう」
シオン様が今後新しく奥様を迎えることはないだろう。
それは、生まれた時からシオン様を見てきた私だからわかる。
たとえティア様が戻って来られなくても、一生ティア様を愛し続けるだろう。
シオン様は、そういうお方だ。
だからこそ、シオン様には幸せになって欲しい。
そのために、できることはなんでもしますよ。
まずはティア様の現状を確認するとしましょう。
正直、あまり眠れなかった。
隣で眠るシオン様に顔を向け、じっと見つめる。
私は今日、この家を出て行く。
だから、できるだけ長くシオン様の顔を近くで目に焼き付けておきたかった。
少しすると、シオン様が目を開けた。
寝転んだまま顔をこちらに向ける。
「ティア、おはよう」
「おはようございます、シオン様」
昨日、あんな話をしたあとで不安だったけれど、いつもと変わらない笑顔を見せてくれた。
幸せで、悲しい朝だ。
その後、何かを言うわけでもなく、荷物をまとめ始める。
元々私が持ってきたいたものは少なかったので、すぐに荷造りは終わった。
突然のことに、マシューさんや使用人たちはひどく驚いていたけれど、二人が決めたことならと何も言わなかった。
玄関先でみんなに見送られ、挨拶を交わす。
「ティア様、お元気で」
「寂しくなりますね」
「短い間でしたが、本当にお世話になりました」
深々と頭を下げ、家を出る。
シオン様だけは、門の外までついてきてくれた。
最後に向かい合い、別れを告げる。
やっぱり寂しくて、涙が溢れそうになるのを堪える。
そして、目一杯の笑顔を向ける。
「シオン様、どうかお幸せに」
「っ……ティアがいない人生なんて……いや、なんでもない。ティアも幸せになってね、約束だよ」
「……はい」
名残惜しさを感じながらも、グラーツ家をあとにする。
何度も振り返ってしまいそうになるけれど、必死に耐えた。
振り返って、もしシオン様がまだ私を見ていれば、戻ってしまいそうだったから。
これからどうするかは決めていない。
とりあえず、実家に戻ろうかな。お父様とお母様、びっくりするだろうな。
驚き過ぎて倒れてしまわないだろうか。
本当は自分で肥料などの販売をして自立して生活していくつもりだったのに。
でも、行くところもないしな。
ぼんやりと実家までの道のりを歩いていると、商店に並ぶ野菜が目に入った。
ジーク領産と書かれてある。鮮やかでみずみずしい野菜たちはとてもおいしそう。
「もう、王都に流通するまでになったんだ」
私が体調を崩してすぐ、ユリウス様にはしばらくの間お仕事ができないと断りの連絡を入れた。
畑の野菜は領民たちとしっかり育てていくので気にしないでと言われていたけれど、ここまでになっているなんてすごいな。
私はカブラナを一つ買った。
近くのベンチに座り、小さくかじる。シャリっと音を立て、水分が口の中に溢れる。
「甘味があって美味しい」
旨味が全身に染みるようだった。なんだか、身体が温かい。
あれ、この感じ――。
忘れかけていた、身体の巡り。
この違和感を確かめるために、私はジーク領へ向かうことにした。
◇ ◇ ◇
――私のご主人様には、愛している人がいる。
私、マシュー・フランマ。
グラーツ公爵家に仕え始めて四十年。先代が亡くなり、ずっと息子のようにお世話をしてきたシオン様が当主になった。
シオン様には長年お慕いしている方がいる。
なぜいち執事である私が知っているのかというと、学園時代からずっと、ティア様の名前を頻繫に口にしていたから。
それにより、お父様がティア様の研究に興味を持ち、シオン様の結婚相手に選んだ。
お父様がティア様を嫁にすると告げたときの隠しきれない喜びの笑みを、私は忘れることはないだろう。
けれども先日、ティア様はグラーツ家を出ていってしまわれた。
訳を聞いても、これでいいんだと言うばかりではっきりとした理由はわからない。
確かにシオン様は言葉足らずなところがあり、少しの行き違いがあったかもしれない。
それでも、とても仲睦まじい夫婦だったのに。
シオン様の憔悴具合といえば計り知れないものがある。
毎朝欠かさなかった鍛錬はやめてしまわれ、食欲もなく、執務室ではボーっとしている。
「シオン様、ティア様のお部屋は――」
「ティアがどうしたの?! もしかして、戻ってきた?」
「いえ、ティア様のお部屋はいかがしましょう。片付けて他の空き部屋同様客室に整えることもできますが」
「それはいい。そのままにしておいて……」
「かしこまりました」
ティア様の名前を出しただけであんなに取り乱しておられる。
やはり、忘れることはできないのだろう。
それもそうだ。あんなに愛しておられたのだから。
「――今から、使用人会議をはじめます」
グラーツ家は公爵家としては珍しく、使用人が少ない。
料理長と侍女二人、そして執事である私の四人だ。
少ないけれどその分、団結力があると思っている。
「みんなもわかっていると思いますが、シオン様が大変落ち込んでおられます。このままでは体調を崩してしまわれるでしょう」
「ティア様がいなくなって、寝つきも悪いみたいです」
「食事も残すようになりましたねえ」
「私、庭の畑で隠れて泣いている姿を見てしまいました」
みんな、このままではいけないと思っている。
できるだけ、シオン様に元気を出してもらえるよう話し合った。
「食欲がなくても食べやすいメニューを考えます」
「よく眠れるようにお部屋にアロマを焚いてみます。ティア様も好きでしたし」
「私は今畑に植えられている野菜たちが枯れないようにお手入れします」
「みなさん、よろしくお願いします。それと、ティア様がいつ帰ってきてもいいようにお部屋も今まで通り維持しておきましょう」
シオン様が今後新しく奥様を迎えることはないだろう。
それは、生まれた時からシオン様を見てきた私だからわかる。
たとえティア様が戻って来られなくても、一生ティア様を愛し続けるだろう。
シオン様は、そういうお方だ。
だからこそ、シオン様には幸せになって欲しい。
そのために、できることはなんでもしますよ。
まずはティア様の現状を確認するとしましょう。