黒の花嫁/白の花嫁
第一話 秋、色葉散る
『あなたと一緒になれる日を、指折り数えて居りました。』
◆
「けいやく……?」
まだ七つになったばかりの秋葉に、彼はたしかにそう言った。
「そう。契約。君が血を分けてくれたから、私たちは契約したんだよ」
「……それって、あなたの命が助かったってこと?」
いまいち彼の言っている意味が理解できなくて、秋葉はきょとんとした顔で尋ねる。
彼はふっと柔らかく微笑んで、
「あぁ。もう大丈夫。君の血のおかげだ」
「えへへ。なら、よかった」
さっきまで血まみれの瀕死状態だった彼が、すっかり元気になったみたいで秋葉は一安心した。
今日は、なぜか朝から不安定な胸騒ぎがしていた。
理由は分からなかった。でも、なにやら胸の奥底から突き上げる衝動のようなものを、ずっと彼女は感じていた。
(山に行かないと……!)
どうしようもない焦燥感が、彼女を急き立てていく。母に「女の子がはしたない」と咎められながらも急いで朝食を掻き込むと、一目散に山へと駆け出した。
そこで、彼と出会ったのだ。
それは、秋葉が両腕で抱きかかえられるほどの小さな龍だった。純白の鱗は七色に輝いて、とても美しいと感じた。
「どうして瞳を閉じたままなの?」
もう治ったはずなのに、一向に目を開けない彼を不思議に思って尋ねる。
「あぁ、これかい? 生まれつきなんだ」
彼は穏やかな様子で言う。
「もしかして、目が見えないの?」
たちまち秋葉の顔色が曇った。鮮やかな新緑、さらさらと流れる青い小川。こんな素敵な世界を見ることができないなんて、なんて悲しいことなのだろう。
「そうだね……。でも、心で感じてる」
「こころ?」
「そうだよ。私は心で見ているんだ。光溢れる新緑や、流れる水の生命の息吹。……もちろん、君の素晴らしい霊力も」
「……よく分からないわ」
「見えてないけど、見えてるってことさ」
風のざわめきと川のせせらぎが強くなった。二人はしばしのあいだ、聞き耳を立てて世界の音を楽しむ。
「ありがとう」
不意に、彼は浮き上がった。
「君の名前は?」
「私は、秋葉! 秋の葉っぱで秋葉よ」
「秋葉、か。良き名だ」
「あなたのお名前は?」
「私の名は――」
その時、にわかに強風がどうと吹いた。
「きゃっ」
風はひと塊りになって、轟々と渦を巻いていく。そして彼を包み込んだと思ったら、遥か上空へと迫り上がって――消えた。
「……」
秋葉は呆然と空を見上げる。秋の空は、からりと晴れ上がって爽やかだった。
これが、秋葉と彼との出会いだった。
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