黒の花嫁/白の花嫁

第二十話 秋祭り、あなたと

「ねぇ、本当にいいの?」

 白龍の(ほこら)の前で、春菜の魂が入った黒色の壺を光河(こうが)が抱えていた。
 彼は深く頷いて、

「あぁ。私はこれから百年の儀式に入る。それが、夫としての務めだ」と、複雑そうな表情でその壺を撫でた。

 その(あけぼの)色の瞳からは、後悔や懺悔、そして悲しみや……微かな愛情も読み取れて。
 秋葉には彼の複雑な心情が痛いほどに伝わって、苦々しいものが胸に広がった。

 春菜を封印したのは黒龍の神力であるし、血の繋がった姉としてこちらで引き取ると秋葉は主張したが、彼は頑なに譲らなかったのだ。

「でも……」

「なぁ〜に、心配するな。龍神にとって、百年なんざあっという間だ」と、一人だけ呑気な憂夜(ゆうや)

「だけど、あんな暗くて狭い場所に百年間も籠もるなんて」

 秋葉は困惑を隠せずに、眉を下げる。白龍の祠も黒龍の祠とほとんど同じ作りらしい。あんな場所に一人で百年もいると想像するとぞっとした。
 白龍はそこに閉じこもり、長い時間をかけて春菜の魂の鎮魂を行うつもりなのだ。

 光河は彼女を安心させるように、ふっと柔らかく目を細める。

紫流(しりゅう)も共にいてくれるし、寂しくはないよ」

「そうなの?」

「はい。私は光河様の最側近ですので、どこへでもお供しますよ」

 主と臣下は目配せをする。しっかりと信頼し合った二人の様子に、秋葉は少しだけ安堵した。

「秋葉」

 にわかに光河は一歩前に進んで、秋葉に向かって深々と頭を下げた。

「えっ? な、なに!?」と、彼女は目を丸くする。

「本当に済まなかった……。私が幼い君と身勝手に契約したばかりに、こんなにも苦労をかけてしまった。全てのはじまりは、瀕死の私が千年に一人の霊力を持つ君に、理由も話さずに血を分けてもらったのが原因だ。そのせいで姉妹の運命を狂わせてしまった。こんな謝罪では、済まされない仕打ちをしたのだと思う。申し訳ない…………」

「あぁ、そんなこと? 私は別に気にしていないわ」

 しかし、秋葉は意外にもあっけらかんと答えて笑ってみせた。

「しかし……」

「まぁ、たしかに辛いことも多かったけど、自分自身を見つめ直す良い機会になったしね。それに、毎日の鍛錬も楽しかったわ。こうやって成長して霊力を取り戻せたのも、あなたのおかげよ、白龍」

「そうそう。お前のおかげで、俺たち夫婦(めおと)になれたしな〜。お前はその妹の壺と一緒に百年孤独に頑張れ」

 そう言って憂夜がニッとからかうように笑ってみせた。光河は「参ったな」と苦笑いをする。憎まれ口も、彼なりの励ましなのだろう。

「秋葉様。願わくば貴方様のような高貴な魂を持ったお方に、光河様の花嫁になっていただきたかったです」

 紫流が名残惜しそうに秋葉を見つめながら彼女の手を取った。
 彼は今も春菜が大嫌いだった。きっと百年後も、二人のあいだには喧嘩が絶えないのかもしれない。

(あるじ)より未練がましいぞ、紫流」と、憂夜がすかさず紫流から掴まれた秋葉の手を引き剥がす。

「し、しかし……!」

「もう諦めろや。お前は一生あの生意気な妹に振り回される運命なんだよ」

「もし春菜様が戻ってくることがあれば、今度は光河様の花嫁に相応しい人格になるように、私が徹底的に教育し直しますので!」

「ぎゃははは! あの妹をおめぇ如きが手懐けられるわけねぇだろ〜」

「私も手伝うわ。戻って来たら、春菜の苦手なものを教えるわね。まぁ〜更生なんて期待してないけど」

「大丈夫。私が必ず妻の魂を浄化してみせるから。彼女は根はいい子だよ」

「「「それは、ない」」」

 みんなで楽しく喋って、笑い合って、それから百年後にまた会う約束をして。
 光河と紫流は、地下へ続く階段へ静かに足を踏み入れた。


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