黒の花嫁/白の花嫁

第十三話 覚醒の片鱗

 白い紙の群れ――式神が秋葉を襲う。
 その量はブヨの大群より密度があって、蜻蛉(とんぼ)の飛行よりも速度があった。

「きゃあぁっ……!」

「奥様っ!」

 式神の大群は、集中的に秋葉に群がる。鋭い紙が鎌鼬(かまいたち)の如く、彼女の肌を切った。

「凍てつけっ! 式神ども!」

 比較的攻撃の緩んでいた瑞雪(ずいせつ)が周囲の式神たちを吹雪で凍らせる。すると砕けながらぱらぱらと落下して、やがて消えていった。

 彼女はすかさず次の攻撃を、秋葉に群がっている式神に向けようとする。

「くっ……!」

 だが、それらは秋葉の全身の皮膚にまで執拗に纏わりつき、攻撃の焦点を定められなかった。

(くそっ! 攻撃したら、奥様までも……)

 彼女が躊躇しているたいだも、式神たちは秋葉の白い肌を傷付けていく。
 霊力のない彼女はただ手で追い払うだけで、それは全くの効果がなかった。いくつもの細く赤い血が滴り落ちて、ひりつく痛みに彼女は顔を顰めた。

(このままじゃ……)

 瑞雪は派手な術は得意だが、妖気の精緻な操作は苦手だった。
 黒龍の屋敷に来たばかりの頃は、狐宵(こよい)から「もっと修行なさい」と、よく怒られていたのを覚えている。

 適材適所だとその時は鼻で笑って鍛錬を怠っていたが、彼女は初めて後悔をした。
 黒龍からは、花嫁の護衛も任されていたのに、こんなの役立たずのあんぽんたんだ。

百花青炎(ひゃっかせいえん)

 その時。
 百以上の、蝋燭の炎程度の大きさの青い火が宙に同時発生して、一つ一つの式神を焼き尽くした。
 それらは瞬く間に灰になって、儚く消えていく。

「二人とも、大丈夫ですか!?」

 全ての式神を払い除けたのは狐宵だった。彼は瑞雪と違って、派手な妖術はもちろんのこと、繊細な操作の必要な術も朝飯前だ。
 そして妖力も著しく高く、黒龍の側近として申し分のない能力の持ち主だった。

「ありがとう、助かったわ……」

 秋葉はふうっと大きく息を吐きながら、その場にへたり込んだ。
 息もできないほどの大群だった。着物は切り刻まれ、肌も切り傷でいっぱいだ。だが、大きな怪我はなく、痛みもそれほどではない。

「すぐに手当てをします!」

 と、叫ぶなり瑞雪は、大急ぎで薬箱を取りに走る。
 残された狐宵は、「失礼します」と秋葉の身体に残留している式神の霊気を確認していた。

「どうやら、これらは秋葉様の『匂い』に攻撃を定めるように仕組まれたようですね」

「匂い?」

「えぇ。生物の個体には、それぞれ独特の匂いを持っています。それは『気』に似たものです。だから秋葉様への攻撃が一番強かったのです。私の所にも来ましたが、ほんの数体だけでしたので」

「言われてみれば、瑞雪も私の半分くらいの量だったわ」

「隣にいたので、匂いが混同したのでしょ――」

「待って!」

 にわかに、秋葉が大声で彼の言葉を遮る。狐宵が何事かと驚いて目を見開くと、彼女は顔を真っ青にさせて微かに唇を震わせていた。

「シロがっ……!」

 打って変わって、上擦った声で呟く。彼は彼女の切羽詰まった様子に、大体の事態を察した。

「シロは今どこです?」

「わ、私と喧嘩して……山のほうに……。それまで私の背中にくっついていたの。だから……。早く助けに行かなきゃ!!」

 秋葉は狐宵が止める間もなく、一目散に外へ駆けて行った。


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