黒の花嫁/白の花嫁
第十五話 実りの秋
秋葉の額に、白龍の御印が浮かび上がってから、数日が経った。
彼女はずっと部屋に閉じこもりきりで、誰とも会話をしていない。
そして憂夜もほぼ黒龍の祠に閉じこもって、一人静かに過ごしていた。
「奥様ぁ〜。お夕食をお持ちしました〜。お粥を作ったので温かいうちにどうぞ〜」
瑞雪が秋葉の部屋の扉の前に夕餉の乗った盆を起き、昼食の乗った盆を回収した。その重さはほとんど変化していなくて、彼女は小さくため息をつく。
彼女はいつもの明るい調子を維持しているものの、珍しく心は悲しみに沈んでいた。
今この瞬間も、自分が仕えている奥様が白龍のもとへ去ってしまうのかと想像すると、胸がぎゅっと痛んだ。
根っからの陽気な性格の彼女にとって、同じく常に元気で闊達な秋葉は、いつの間にか大切な存在になっていたのだ。
「アキ〜! ちゃんと食べなよー! お昼もほとんど食べてないじゃないか〜」
そして、白銀もまた、秋葉を心配して様子を見に来ていた。
彼もここ数日は落ち着かない様子だった。何度も秋葉の部屋の前に立っては、声を掛けようか掛けまいか躊躇しながらうろちょろして、いつも狐宵に連れ帰られていたのだった。
「……」
扉の向こうからは今日も返事がない。
二人は顔を見合わせてから、肩を落としてとぼとぼと踵を返すのだった。
秋葉は布団の中に蹲って、ぼんやりと過ごしていた。
食欲がなくて、思考も回らない。ただ身を引き裂く深い悲しみだけが、彼女を蝕んでいた。
このまま無為に時が過ぎるのを待っても仕方ないのは分かっていた。でも、身体が動かないのだ。
目が覚めたら全部解決しているかもしれない、と空虚な希望だけが慰めだった。
しかし、心の奥ではもう無理だと知っていて、ただ現実から目をそむけているだけなのだが。
「う……うぅ……」
もう何度目かも分からない涙が出る。あれから泣きっぱなしで、体内の水が流れていったカラカラだ。
それは心も同じ。渇きがおさまらなくて、早く冷たい水が欲しかった。
でも、心を満たしてくれる水なんて、ここにはもうない。
黒龍の花嫁になれない今、自分はすぐにでも出ていかないといけない身なのだ。
「大嫌い……」
無意識に呟く。
それは誰のことでもなく、自分。
秋葉は自分が大嫌いだ。四ツ折でも……ここでも必要とされていないから。
白龍には既に春菜がいるし、今さら「私が花嫁です」と、いけしゃあしゃあと押しかけるつもりもない。
憂夜と離れ離れになりたくない。
彼女の願いはそれだけだった。
彼は初めて自分を認めてくれたひと。
夫婦は魂が大事なのだと言ってくれたひと。
だから、彼の力になりたくて、鍛錬ももっと頑張った。
ようやく霊力回復の兆しが見えてきたのに……。
彼女はずっと部屋に閉じこもりきりで、誰とも会話をしていない。
そして憂夜もほぼ黒龍の祠に閉じこもって、一人静かに過ごしていた。
「奥様ぁ〜。お夕食をお持ちしました〜。お粥を作ったので温かいうちにどうぞ〜」
瑞雪が秋葉の部屋の扉の前に夕餉の乗った盆を起き、昼食の乗った盆を回収した。その重さはほとんど変化していなくて、彼女は小さくため息をつく。
彼女はいつもの明るい調子を維持しているものの、珍しく心は悲しみに沈んでいた。
今この瞬間も、自分が仕えている奥様が白龍のもとへ去ってしまうのかと想像すると、胸がぎゅっと痛んだ。
根っからの陽気な性格の彼女にとって、同じく常に元気で闊達な秋葉は、いつの間にか大切な存在になっていたのだ。
「アキ〜! ちゃんと食べなよー! お昼もほとんど食べてないじゃないか〜」
そして、白銀もまた、秋葉を心配して様子を見に来ていた。
彼もここ数日は落ち着かない様子だった。何度も秋葉の部屋の前に立っては、声を掛けようか掛けまいか躊躇しながらうろちょろして、いつも狐宵に連れ帰られていたのだった。
「……」
扉の向こうからは今日も返事がない。
二人は顔を見合わせてから、肩を落としてとぼとぼと踵を返すのだった。
秋葉は布団の中に蹲って、ぼんやりと過ごしていた。
食欲がなくて、思考も回らない。ただ身を引き裂く深い悲しみだけが、彼女を蝕んでいた。
このまま無為に時が過ぎるのを待っても仕方ないのは分かっていた。でも、身体が動かないのだ。
目が覚めたら全部解決しているかもしれない、と空虚な希望だけが慰めだった。
しかし、心の奥ではもう無理だと知っていて、ただ現実から目をそむけているだけなのだが。
「う……うぅ……」
もう何度目かも分からない涙が出る。あれから泣きっぱなしで、体内の水が流れていったカラカラだ。
それは心も同じ。渇きがおさまらなくて、早く冷たい水が欲しかった。
でも、心を満たしてくれる水なんて、ここにはもうない。
黒龍の花嫁になれない今、自分はすぐにでも出ていかないといけない身なのだ。
「大嫌い……」
無意識に呟く。
それは誰のことでもなく、自分。
秋葉は自分が大嫌いだ。四ツ折でも……ここでも必要とされていないから。
白龍には既に春菜がいるし、今さら「私が花嫁です」と、いけしゃあしゃあと押しかけるつもりもない。
憂夜と離れ離れになりたくない。
彼女の願いはそれだけだった。
彼は初めて自分を認めてくれたひと。
夫婦は魂が大事なのだと言ってくれたひと。
だから、彼の力になりたくて、鍛錬ももっと頑張った。
ようやく霊力回復の兆しが見えてきたのに……。