鬼課長は、ひみつの婚約者
第1話 ひみつの婚約者
「……莉子、愛してる」
彼の甘い囁きが、耳元をくすぐる。
彼は寝ぼけ眼で私を抱きしめると、私の髪を指で梳きながら優しく唇を重ねた。
薄紫のカーテン越しに差し込む朝日が、隣で眠る彼の頬を薄っすらと染めている。
隣で聞こえる彼の寝息が、いつにも増して愛おしい。
焼きたてのパンの香りが部屋に漂う。きっと、朝早く起きた彼が焼いてくれたのだろう。
彼の温かい腕の中で、私はふわりと微笑んだ。
「ふふ。瑛斗、そろそろ起きないと会社に遅刻しちゃうよ?」
「ん……もう少しだけ、こうさせて」
会社では誰もが憧れる完璧なエリート、望月瑛斗。
でも家では、私には少し甘えん坊で、とびきり優しい婚約者になる。
クールな彼が見せる、このとてつもないギャップが、私の心を掴んで離さない。
もう少し幸せの余韻に浸っていたいのに、現実の時間がそれを許してはくれない。
私はわずかな緊張を胸に、いつものオフィスへと向かった。
四月。張り詰めた空気が漂うオフィスが、新入社員や異動してきた社員のざわめきで、ほんの少し温かみを帯びていた。
千堂莉子、二十三歳。社会人になって二年目。
今年一年は、どんな年になるのだろう。そんな漠然とした期待を胸に、私はデスクへ向かった。
すると、ざわめく人々の声が耳に届く。
「ねえ、新しい課長、すごくクールな人らしいよ」
「え、どんな人?」
そっか。今日は、新しい課長が赴任する日だった。
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