すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~

19、私は二度と戻りません

 公爵家に戻ってから、私は穏やかな日々を過ごしていた。

 ハルトマン家の方々はとても優しくしてくれたけれど、異国の地というのもあり、やはり生まれ育った故郷の空気は私を安心させてくれた。

 神殿へ出向き、孤児院の子供たちの相手をし、ときには王宮へも呼び出される。
 忙しい日々の合間にも、私は欠かさず右手の訓練を続けた。
 医師の指導のもと、震える指に筆を握らせる。


「はぁ……どうにか握れるようになったけど、力加減ができないわ」

 筆を握ったまま手を動かそうとすると、するりと筆が落ちてしまう。
 私は動きの鈍い右手をそっとさすった。

 線を引くことすらままならず、絵を描くにはほど遠い。
 それでも、何もできなかった頃よりは確かに前に進んでいる。
 諦めたくなかった。

 ふいに扉がノックされ、私はそちらへ振り向いた。

「はい、どうぞ」

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