すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~

23、もう逃げたりしないわ

 私がハルトマン侯爵とともにエリオスのもとへ向かっていると、遠くから怒号が聞こえてきた。
 ざわめきが広がり、周囲の人々がそちらに視線を向けている。

 その視線の先にいたのは、エリオスとセリスだった。
 ふたりのあいだに、ただならぬ空気が漂っている。
 嫌な予感が走り、私は思わず駆け出した。

 ほどなくして、セリスが甲高い声で何かを叫び、踵を鳴らして去っていく。
 残されたのは、静かに立ち尽くすエリオスの姿だけだった。


「エリオス、大丈夫? 何かあったの?」
「……レイラか。ああ、大丈夫だ。よかった、戻ってきてくれて」

 いつもの穏やかな声。
 けれど、その表情の奥にかすかな怒りと戸惑いが浮かんでいる。

「ごめんなさい。少しトラブルがあったの。でも、ハルトマン様が助けてくださったから」
「そうか。侯爵殿、感謝します」

 エリオスが丁寧に会釈すると、ハルトマン侯爵はやわらかく微笑んだ。

「セリスに、何か言われたの?」
「たいしたことじゃないさ。少し牽制したら、逃げていったよ」

 軽く笑ってみせるエリオスの横顔を見つめながら、胸の奥が締めつけられた。
 その笑顔の裏に、彼がどれほど不快な思いをしたのか、考えるだけで胸が痛んだ。

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