彼と妹と私の恋物語…結婚2週間で離婚した姉が再婚できない理由…
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事件が一段落し、宗田ホールディングスにも平穏が戻りつつあった。
京子は社長室を訪れ、社長である宗田翔太――秋太の父――に深々と頭を下げた。
「今回の事件解決をもちまして、私、鏡京子は顧問弁護士を辞任させていただきたく存じます」
「待ってくれ、鏡先生」
翔太は慌てて彼女を引き留めた。
「君のような有能な弁護士に、これからも我が社の力になってもらいたい。どうか、考え直してはくれんか」
「…お気持ちは、ありがたく頂戴いたします。ですが、私の役目は終わりましたので」
京子の決意は固かった。これ以上、この会社に、そして宗田秋太の近くにいるわけにはいかない。


固辞して社長室を後にした京子が、重い足取りでエレベーターホールへと向かう。
(これで、終わった…)
「鏡京子」としての役目は、もう終わった。この偽りの名前は、7年前にすべてを失った楓を匿い、国際弁護士になるまで物心両面で支えてくれた叔父・鏡順吉(かがみ じゅんきち)から借りたものだ。
母方の実家である鏡家は、知る人ぞ知る財閥であり、国際弁護士である叔父の力添えがなければ、今日の自分はなかっただろう。これからは本当の茅野楓として、息子と二人、静かに生きていこう。

そんな決意を胸にエントランスホールへ出ると、ガラス張りの自動ドアの向こうに、見慣れた小さな人影が目に飛び込んできた。
「…柊(ひいらぎ)?」
そこにいたのは、6歳になる京子の息子だった。いつもは鏡家のお手伝いさんと一緒のはずが、なぜここに一人で。京子の心臓が、不安でどきりと跳ねる。彼女は慌てて駆け寄った。

「ママ!」
京子を見つけた男の子――柊は、ぱあっと顔を輝かせ、彼女の足元に抱きついた。
「柊、どうしてここに?お手伝いさんはどうしたの?」
「お手伝いさん、お腹痛いって。だから、柊が一人でママを待ってたの!」
無邪気に笑う息子に、京子の頬が緩む。冷徹な弁護士の仮面が剥がれ落ち、そこにはただ、息子を愛おしむ一人の母親の顔があった。
「もう、心配したじゃない。さ、帰ろうか」
京子が優しく息子の頭を撫でた、その時だった。

「…鏡先生?」

背後からかけられた声に、京子の体が凍り付く。

ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは、仕事を終えて降りてきた秋太だった。
彼は、京子の柔らかな表情と、その足元にいる小さな男の子の姿を見て、目を見開いていた。

京子と秋太の間に、気まずい沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、柊だった。
柊は、秋太の顔をじっと見つめると、次の瞬間、満面の笑みを浮かべて駆け寄った。

そして、信じられない言葉を叫んだ。

「…僕のお父さんだ!」

秋太を見上げる息子のキラキラした瞳。
呆然と立ち尽くす秋太。
そして、顔面蒼白になり、すべてが終わったと絶望する京子。

7年の時を経て、隠されていた最後の真実が、最も残酷な形で暴かれようとしていた。
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