彼と妹と私の恋物語…結婚2週間で離婚した姉が再婚できない理由…
10
翌朝、楓の目覚めはいつもよりずっと軽やかだった。隣にはもう秋太の姿はなかったが、シーツには彼の温もりがまだ残っている。楓は静かに決意を固めた。もう、一人で戦わない。この人を守るためなら、私は、かつての自分を取り戻そう。

その日から、楓は変わった。かつて「氷の女王」と恐れられた敏腕弁護士、鏡京子としての顔が、宗田楓という穏やかな妻の仮面の下から再び現れ始めたのだ。

懇意にしている弁護士事務所のネットワークと、自らの人脈を駆使し、林田コンサルティングと林田美紀の身辺調査を徹底的に開始した。

調査結果は、楓の予想以上に黒いものだった。林田コンサルティングは火の車で、複数のダミー会社を使った不正契約や裏金作りが横行している。そして、その中心にいるのが林田美紀だった。彼女は会社の金を私的に流用し、派手な生活を維持していたのだ。この事実は、おそらく社長である翔さえも知らないだろう。

さらに楓は、叔父である鏡に連絡を取った。鏡は、日本の経済界に隠然たる影響力を持つ大物投資家であり、林田コンサルティングの株を 상당数保有する大株主でもあった。
「…そういうことだったのか。道理で最近、林田の金の流れがおかしいと思っていた」
電話口の叔父の声は、静かだが底知れない怒りを秘めていた。
「楓、お前は手を出すな。これは、我々株主の問題でもある。汚れた膿は、我々の手で出し切る」

叔父の調査は、楓のものよりさらに深く、そして迅速だった。数日後にもたらされた報告は、衝撃的なものだった。林田美紀は、複数の男性社員と肉体関係を持ち、それをネタに会社の金を横領していた。そして、今彼女が宿している子供の父親は、その関係者の一人である可能性が極めて高い、と。

全ての証拠は揃った。
叔父である鏡は、分厚い調査報告書のファイルを手に、たった一人で林田コンサルティングの社長室を訪れた。アポイントもない突然の訪問に、社長秘書が慌てて止めようとするが、鏡の纏うただならぬ覇気に気圧され、道を開けるしかなかった。

社長室の扉を無遠慮に開け放つと、ソファで寛いでいた翔が驚きと不快の入り混じった表情で立ち上がった。
「失礼だな、どちら様ですかな」
「宗田楓の叔父の、鏡と申します。林田社長、そして役員の皆様に、至急お集まりいただきたい」
鏡の静かだが有無を言わせぬ口調に、翔は何かを察したように顔色を変えた。

緊急役員会議が招集され、重苦しい空気が漂う会議室。鏡は、持参した調査報告書の分厚い束を、重い音を立ててテーブルの中央に置いた。

「単刀直入に申し上げます。林田社長、あなたの解任を要求しに参りました」
「なっ…!何の権利があって、貴様のような部外者がそんなことを!」
翔が顔を真っ赤にして激昂する。役員たちも突然の事態に戸惑いの表情を浮かべていた。
鏡は、そんな翔を冷ややかに一瞥すると、報告書の一枚を手に取った。
「大株主としての権利です。まずは、この使途不明金の流れからご説明願いましょうか。あなたの奥様、林田美紀氏が、複数のダミー会社を経由して会社の資金を私的に流用しているという、確たる証拠です」
ざわめきが役員たちの間に広がる。翔の顔から血の気が引いた。
「で、でっち上げだ!宗田の差し金だろう!妻はそんなことをする人間じゃない!」
「ほう。では、こちらの事実はどうですかな」
鏡は次のページをめくった。
「あなたの奥様が、ここにいる役員の方の息子さんを含む、複数の男性社員と不適切な関係を持ち、それをネタに金品を要求していたという証言も取れていますが。現在、彼女が宿しているお子さんの父親は、一体誰なのでしょうな」
会議室は、水を打ったように静まり返った。数人の役員の顔が青ざめている。翔は、わなわなと震えながら、言葉を失っていた。
「これは…これは会社の存続に関わる、重大な背任行為だ。林田社長、あなたには経営者としての監督責任がある」
鏡の冷静で鋭い声が、翔の罪を断罪するように響く。
「すべては宗田を陥れるための罠だ!私は何も知らない!」
見苦しくわめく翔に、鏡は冷徹に最後通告を突きつけた。
「ならば、このまま警察と国税局に、この資料一式を提出するまでです。そうなれば、あなた個人の問題ではなく、林田コンサルティングという会社そのものが終わることになる。役員の皆さん、それでもよろしいかな?」
その言葉が、決定打だった。役員たちは顔を見合わせ、やがて一人がおずおずと手を挙げた。
「…林田社長の、解任動議に賛成します」
それを皮切りに、次々と賛同の声が上がる。翔は、裏切られたという表情で、力なく椅子に崩れ落ちた。

一時間後、会議室から出てきた翔の顔は、血の気を失い、まるで魂が抜け落ちた死人のようだった。その日のうちに、林田翔の社長解任が正式に発表された。
< 47 / 56 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop