彼と妹と私の恋物語…結婚2週間で離婚した姉が再婚できない理由…
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朝日が完全に昇り、新しい一日が始まった頃、秋太の腕の中で目覚めた楓は、自分の心の重荷がすっかり下りていることに気づいた。罪悪感という名の分厚い氷は、彼の熱い愛によって完全に溶かされ、そこにはただ、温かい愛おしさと、揺るぎない幸福感だけが満ちていた。素直に、この人を愛していこう。楓は、心からの笑顔で、隣に眠る愛しい夫の頬にそっとキスをした。その温もりが、二人の新しい朝を祝福しているようだった。

ホテルの窓から差し込む光を浴びながら家路につく車中、二人の間には穏やかな空気が流れていた。繋いだままの指先から伝わる互いの体温が、言葉以上に二人の結びつきの強さを物語っている。

家に帰ると、リビングから柊の元気な笑い声が聞こえてきた。

「ママ!パパ!あのね、翔太おじちゃまとトワおばちゃまが、ゆうえんちにつれていってくれたの!おっきいジェットコースターのったんだよ!」
玄関に駆け寄ってきた息子は、興奮冷めやらぬ様子で昨日の冒険を語ってくれる。

その無邪気な笑顔が、何よりも尊い宝物だと、楓は改めて感じた。秋太の弟である翔太と、その妻のトワが、二人のために気を利かせてくれたのだろう。その温かい心遣いが、じんわりと胸に染み渡った。

「楓、これからは家事のことは気にしなくていい。新しくお手伝いさんを雇ったから」
キッチンに立とうとする楓を、秋太が優しく制した。
「でも、それは申し訳ないわ…」
「君には、君の時間をもっと大切にしてほしいんだ。宗田ホールディングスの顧問弁護士の仕事も、君の誇りだろう?続けてほしい。何より、僕と柊との時間を、心から楽しんでほしいんだ。もう、君に一人で何かを背負わせたりはしないから」
その言葉には、楓を妻としてだけでなく、一人の女性として尊重し、共に人生を歩んでいきたいという、秋太の深い愛情が込められていた。

穏やかな日々が、まるで夢のように過ぎていく。楓は、失われた時間を取り戻すかのように、秋太と愛を語り、柊と笑い合った。心の底から「幸せだ」と感じられる、そんな毎日だった。

そんなある秋の夜、書斎で法律書を読んでいた楓の元へ、秋太が静かに入ってきた。手には、温かいミルクティーのカップが二つ。その湯気が、部屋の柔らかな照明に溶けていく。
「楓、少し話があるんだ」
そのいつもより少しだけ改まった声色に、楓は読んでいたページに栞を挟み、顔を上げた。秋太は楓の向かいの椅子に座ると、少し躊躇うように、しかし意を決したように口を開いた。

「君に、ずっと伝えなければならないと思っていたことがある。…僕の、この目のことだ」
秋太は、自分の目を指さした。その瞳が、真っ直ぐに楓を見つめている。
「この角膜は…君の妹、百合さんのものなんだ」

「え…?」
その言葉は、まるで時を止める呪文のように、楓の思考を停止させた。妹、百合。心臓の病を患い、30歳まで生きられないと宣告されながらも、いつも太陽のように明るく笑っていた、たった一人の妹。その名前が、今、どうして…。

秋太は、静かに過去を語り始めた。失明し、光を失った世界で絶望の淵にいた自分を、献身的に支えてくれた百合のこと。彼女が、自分の死期を悟り、「私が死んだら、この角膜を秋太くんにあげて。もう一度、光を見せてあげて」と、口癖のように言い続けていたこと。
そして、大学2年の時、百合が麻友の起こした転落事故で命を落としたこと。意識が薄れゆく、その瞬間まで、彼女は姉である楓のことを心配し、「秋太くん、お願い。お姉ちゃんを、幸せにしてあげて…。私の代わりに、お姉ちゃんの隣で笑ってあげて…」そう、言い残したこと。

「百合さんの遺志を受け継いで、君を必ず幸せにすると、僕は彼女に誓ったんだ。僕がこうして光を取り戻せたのも、君と再会できたのも、全て百合さんが繋いでくれた奇跡なんだ」

秋太の瞳の奥に、いつも優しく、そして少し寂しそうに笑っていた妹の面影が鮮やかに浮かぶ。楓の目から、大粒の涙がとめどなく溢れ出した。秋太の瞳の中で、今も百合が生きている。自分を、見守ってくれている。そう思うと、悲しみよりも、温かい感謝の気持ちが胸いっぱいに広がった。
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