彼と妹と私の恋物語…結婚2週間で離婚した姉が再婚できない理由…
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あれから、7年の歳月が流れた。
宗田ホールディングスでは、一つの噂がまことしやかに囁かれていた。若き副社長・宗田秋太は、7年前に姿を消した横領犯の妻と離婚し、ずっと彼を献身的に支えてきた経理部の内藤麻友と再婚した、と。
麻友自身がそう吹聴し、甲斐甲斐しく秋太の世話を焼く姿は、誰もが「副社長夫人」の振る舞いだと信じて疑わなかった。
「秋太さん、今日のお弁当、愛情たっぷりですからね♡」
「…ああ」
副社長室まで押しかけてくる麻友に、秋太は生返事をするだけだ。執拗なアプローチは社内だけに留まらず、自宅にまで及んだ。だが、そのすべてを運転手の鴨川淳(かもがわ・じゅん)が冷徹に追い払い、時には警察を呼んで対処することも一度や二度ではなかった。
秋太が、ストーカー同然の麻友を解雇しないのには理由があった。
彼女こそが、楓を陥れた黒幕の一人だと確信していたからだ。
7年間、彼は楓の無実を証明するため、水面下で金の流れと共犯者の存在を追い続けていた。
麻友を手元に置き、監視することこそが、真相へ至る唯一の道だと信じて。
そんなある日、宗田ホールディングスに激震が走る。
新たな顧問弁護士として、国際弁護士の鏡京子(かがみ・きょうこ)が就任したのだ。
役員会議室の扉が開き、彼女が姿を現した瞬間、その場の空気が凍り付いた。
寸分の隙もなく仕立てられた高級ブランドのスーツ。流れるような黒髪。
そして、すべてを見透かすような冷たい光を宿した瞳。
まるでトップモデルがランウェイから抜け出してきたかのような完璧な容姿と、人を寄せ付けないオーラに、居並ぶ役員たちは息を呑んだ。
「鏡京子と申します。以後、よろしくお願いいたします」
凛と響く、低く落ち着いた声。
その声を聞いた瞬間、秋太の心臓が大きく跳ねた。
楓?…京子の目を見ると7年前に姿を消した楓と重なって見えた。
違う。
声のトーンも、話し方も、何もかもが違う。
外見に至っては、面影すらどこにもない。
かつて愛した楓は、ふくよかで、いつも少し困ったように笑う、柔らかな陽だまりのような女性だった。
目の前の京子は、鋭利な氷の刃のように、触れる者すべてを切り裂きそうな冷たさをまとっている。
別人だ。
頭ではそう理解しているのに、秋太の心臓は警鐘のように鳴り響き続けていた。
なぜだ。
なぜ、この女を見ると、胸の奥深く、蓋をしたはずの罪悪感と後悔が込み上げてくるのか。
「早速ですが、経理部長の沢富様よりご相談をいただいております」
京子は淀みなく議題を切り出した。
「貴社では、長年にわたり、海外の複数の口座へ不正な送金が続けられている形跡があります。現時点で判明しているだけで、総額は50億に迫る勢いです」
会議室が静まり返る。
その報告を聞きながら、秋太は京子から目を離すことができなかった。資料に目を落とす長い睫毛。ペンを持つ白く細い指。一つ一つの所作が、記憶の奥底にある誰かの姿と重なって、消える。
会議が終わり、役員たちが退出した後も、秋太は一人、席を立てずにいた。
「副社長」
声をかけられ、顔を上げると、京子が目の前に立っていた。
「何か?」
「…いえ」
秋太は言葉に詰まった。何を言えばいいのかわからない。「あなたは誰だ」と聞くべきか。「楓、なのか」と問いただすべきか。
だが、京子の瞳は、初めて会う人間に対する無機質な光を湛えているだけだった。
「では、失礼いたします」
京子は軽く一礼し、ハイヒールの音を響かせながら去っていく。
その完璧な後ろ姿を見送りながら、秋太は確信していた。
あれは、茅野楓だ。
7年の歳月が、復讐という名の炎が、彼女を別人に変えてしまったのだ。
そして、彼女がここへ来た目的は、ただ一つ。
妹を殺し、自らを陥れた犯人…おそらくは内藤麻友に、法という名の鉄槌を下すため。
秋太は、固く拳を握りしめた。
彼女が誰にも気づかれずに復讐を遂げられるよう、自分は影から彼女を守らなければならない。
それが、7年前に彼女を守りきれなかった自分に課せられた、唯一の贖罪だった。
しかし、秋太はまだ知らない。京子の胸の内には、彼に対する深い憎しみと、そして今も消せない愛が、矛盾したまま渦巻いていることを。そして、彼女が守るべき「秘密」が、二人の運命を再び大きく揺るがすことになるのを…。
宗田ホールディングスでは、一つの噂がまことしやかに囁かれていた。若き副社長・宗田秋太は、7年前に姿を消した横領犯の妻と離婚し、ずっと彼を献身的に支えてきた経理部の内藤麻友と再婚した、と。
麻友自身がそう吹聴し、甲斐甲斐しく秋太の世話を焼く姿は、誰もが「副社長夫人」の振る舞いだと信じて疑わなかった。
「秋太さん、今日のお弁当、愛情たっぷりですからね♡」
「…ああ」
副社長室まで押しかけてくる麻友に、秋太は生返事をするだけだ。執拗なアプローチは社内だけに留まらず、自宅にまで及んだ。だが、そのすべてを運転手の鴨川淳(かもがわ・じゅん)が冷徹に追い払い、時には警察を呼んで対処することも一度や二度ではなかった。
秋太が、ストーカー同然の麻友を解雇しないのには理由があった。
彼女こそが、楓を陥れた黒幕の一人だと確信していたからだ。
7年間、彼は楓の無実を証明するため、水面下で金の流れと共犯者の存在を追い続けていた。
麻友を手元に置き、監視することこそが、真相へ至る唯一の道だと信じて。
そんなある日、宗田ホールディングスに激震が走る。
新たな顧問弁護士として、国際弁護士の鏡京子(かがみ・きょうこ)が就任したのだ。
役員会議室の扉が開き、彼女が姿を現した瞬間、その場の空気が凍り付いた。
寸分の隙もなく仕立てられた高級ブランドのスーツ。流れるような黒髪。
そして、すべてを見透かすような冷たい光を宿した瞳。
まるでトップモデルがランウェイから抜け出してきたかのような完璧な容姿と、人を寄せ付けないオーラに、居並ぶ役員たちは息を呑んだ。
「鏡京子と申します。以後、よろしくお願いいたします」
凛と響く、低く落ち着いた声。
その声を聞いた瞬間、秋太の心臓が大きく跳ねた。
楓?…京子の目を見ると7年前に姿を消した楓と重なって見えた。
違う。
声のトーンも、話し方も、何もかもが違う。
外見に至っては、面影すらどこにもない。
かつて愛した楓は、ふくよかで、いつも少し困ったように笑う、柔らかな陽だまりのような女性だった。
目の前の京子は、鋭利な氷の刃のように、触れる者すべてを切り裂きそうな冷たさをまとっている。
別人だ。
頭ではそう理解しているのに、秋太の心臓は警鐘のように鳴り響き続けていた。
なぜだ。
なぜ、この女を見ると、胸の奥深く、蓋をしたはずの罪悪感と後悔が込み上げてくるのか。
「早速ですが、経理部長の沢富様よりご相談をいただいております」
京子は淀みなく議題を切り出した。
「貴社では、長年にわたり、海外の複数の口座へ不正な送金が続けられている形跡があります。現時点で判明しているだけで、総額は50億に迫る勢いです」
会議室が静まり返る。
その報告を聞きながら、秋太は京子から目を離すことができなかった。資料に目を落とす長い睫毛。ペンを持つ白く細い指。一つ一つの所作が、記憶の奥底にある誰かの姿と重なって、消える。
会議が終わり、役員たちが退出した後も、秋太は一人、席を立てずにいた。
「副社長」
声をかけられ、顔を上げると、京子が目の前に立っていた。
「何か?」
「…いえ」
秋太は言葉に詰まった。何を言えばいいのかわからない。「あなたは誰だ」と聞くべきか。「楓、なのか」と問いただすべきか。
だが、京子の瞳は、初めて会う人間に対する無機質な光を湛えているだけだった。
「では、失礼いたします」
京子は軽く一礼し、ハイヒールの音を響かせながら去っていく。
その完璧な後ろ姿を見送りながら、秋太は確信していた。
あれは、茅野楓だ。
7年の歳月が、復讐という名の炎が、彼女を別人に変えてしまったのだ。
そして、彼女がここへ来た目的は、ただ一つ。
妹を殺し、自らを陥れた犯人…おそらくは内藤麻友に、法という名の鉄槌を下すため。
秋太は、固く拳を握りしめた。
彼女が誰にも気づかれずに復讐を遂げられるよう、自分は影から彼女を守らなければならない。
それが、7年前に彼女を守りきれなかった自分に課せられた、唯一の贖罪だった。
しかし、秋太はまだ知らない。京子の胸の内には、彼に対する深い憎しみと、そして今も消せない愛が、矛盾したまま渦巻いていることを。そして、彼女が守るべき「秘密」が、二人の運命を再び大きく揺るがすことになるのを…。