クズ御曹司の執着愛

二人で背負うもの

美咲は感情を挟まず、淡々と語り続けた。

「伊織がサークルを抜けようとしていたころ、あなたは大学を退学した。
成島は……今度こそ、自分が中心に立てると思ったのでしょうね」

静かな声が、事実だけを積み重ねていく。

「けれど、誰も彼を“忠相の代わり”だとは見なさなかった。
それどころか――御曹司としてのプライドの高さに、周囲は次第に距離を取るようになったわ」

淡々としているからこそ、言葉が重い。

「もし、あれほど劣等感を前に出さなければ……
きっと、もっと違う関係を築けたはずなのに」

そこで美咲は、ふっと言葉を切った。
小さく息を吐き、視線を落とす。

「……長男という立場も、彼には重荷だったのでしょう」

その声に、わずかな陰りが混じる。

「すぐ下の弟が、あまりにも優秀だったから」

会長室に、短い沈黙が落ちた。

美咲は顔を上げかけ、そして一瞬だけ躊躇うように視線を伏せる。

「そして――伊織のことも……」

言いかけた唇が、静かに閉じられた。

その未完の言葉が、かえって場の空気を張りつめさせる。
会長室の静寂が、重く沈んだ。

忠相は、その沈黙に耐えきれず、一歩、美咲のほうへ身を乗り出した。
「……美咲先輩。伊織のことって……?」

忠相の問いに、美咲は一瞬だけ目を伏せた。
そのわずかな間が、会長室の空気をさらに重くする。

やがて彼女は、小さく息を吸い、忠相を正面から見据えた。

「……成島は、伊織に執着していたのよ。
サークルを辞める前から、ずっと」

その言葉が落ちた瞬間、忠相の胸を鋭い痛みが貫いた。

「……なんだと?」

掠れた声が、思わず漏れる。

「表では、何もなかった顔をしていたわ。
でも――目線、言葉の端々、飲み会での距離感」

美咲は淡々と続ける。

「あの頃、私は気づいていた。
けれど、誰も口には出さなかったの」

声は静かだったが、その響きには逃れようのない重みがあった。

「……だから、伊織は――」

そこまで言いかけて、美咲は言葉を切る。
唇を閉ざし、わずかに視線を逸らした。

沈黙が、会長室を支配する。

颯真は眉をひそめ、
龍之介は腕を組んだまま、身じろぎひとつしない。
真樹は目を細め、美咲の次の言葉を待つように、静かに視線を注いでいた。

忠相の胸がざわめいた。

「……だから、伊織はどうしたんだ?」

堪えきれずに放った声は、思いのほか強さを帯びていた。

だが、美咲は答えない。
唇をきつく結び、その表情には、口にしてはならない事実を抱え込んでいる気配が漂っている。

「……それで、伊織は――」

美咲が再び言葉を切った、その瞬間だった。

忠相の内側で、何かが決壊した。

「美咲先輩!」

思わず一歩踏み出し、忠相は彼女の肩を両手で掴んだ。

「一体、伊織に何があったんですか!」

切迫した苛立ちと、抑えきれない焦りが声に滲む。
美咲の表情が、わずかに揺らいだ。

次の瞬間、力強い手が忠相の腕を掴み、強引に引き剥がした。

「乱暴はやめてください、沢口常務!」

龍之介の低い声が、会長室に響く。

はっと我に返った忠相は、荒い呼吸を整え、深く頭を下げた。

「……美咲先輩。龍之介さん。申し訳ありませんでした」

張り詰めた空気の中、彼の声だけが静かに落ちる。

「……座れ」

低く響いた真樹の声が、その場を制した。

みんな、座ってくれ」

重厚な声音が、室内に秩序を取り戻していく。

真樹は視線を龍之介に向けた。

「黒瀬、悪いが水を頼む」

「かしこまりました」

龍之介は無言で立ち上がり、グラスと水差しを手際よく用意する。
その間に、忠相は改めて深く頭を下げ、椅子に腰を下ろした。

会長室には、水がグラスに注がれる音だけが響いている。

やがてその音も止み、再び静寂が訪れた。

真樹はグラスを手に取り、ひと口含むと、ゆっくりと美咲へ視線を向ける。

「……佐倉さん。続きを」

促され、美咲は小さく頷いた。
両手を膝の上に重ね、背筋を正す。

「……伊織は、大学時代に」

一拍、息を置いてから、はっきりと言った。

「成島から眠り薬を盛られ、辱めを受けました」

重い言葉が、静まり返った会長室に落ちる。

忠相の顔から、さっと血の気が引いた。
拳が膝の上で小さく震え、押し殺した呼吸音が洩れた。

「……そんな……」

忠相のかすれた声は、誰の耳にも痛々しく届いた。

美咲は視線を伏せたまま、言葉を継ぐ。

「その出来事を、公にすることはできなかった。
伊織は必死に立ち上がろうとしたけれど……心には、深い傷が残ったままだったの」

短く息を置き、再び口を開く。

「それでも、成島の執着は終わらなかった。
“俺の女になれ”――そう言って、何度も伊織に迫ったわ」

忠相の胸が、ざわりと波打つ。

美咲は静かに視線を上げ、まっすぐ忠相を見据えた。

「当時、あなたの伊織への想いは……伊織本人を除いて、誰の目にも明らかだった。
もちろん、成島も気づいていた」

淡々とした口調が、かえって真実の重さを際立たせる。

「だからこそ、拒絶されたことが彼のプライドを深く傷つけた。
そして、その屈辱が――執着を、さらに煽ったのよ」

言葉が尽きると同時に、会長室には重い沈黙が落ちた。
忠相は俯いたまま、震える拳を強く握りしめていた。
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