その優しさに溺れる。〜一線を超えてから、会社の後輩の溺愛が止まらない〜

色褪せた日常の中で

「……では、今月分の報告は以上です」

会議室に乾いた声が響き、上司は軽くうなずいて次の議題へ。
詩乃は何事もなかったようにモニターに戻る——心は動かず、日常をこなしていた。
婚約破棄から三週間。
最初の数日は何も手につかず、泣くことすらできないまま“ただの日常”があった。
今は感情のスイッチを切り、仕事に没頭する。
朝は誰より早く出社し、夜は誰より遅く帰る。
報連相は完璧、笑顔は形式的、無駄な会話はしない。
身体は疲れても、心は麻痺していた——痛みは感じない。

「……詩乃、最近、働きすぎじゃない?」

休憩中に同僚がそっと声をかける。詩乃は薄く笑って首を振った。

「大丈夫。やるべきこと、やってるだけだから」

誰も本気でそれを信じてはいない。
だが詩乃自身が、それ以上踏み込ませない空気をまとっていた。
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