その優しさに溺れる。〜一線を超えてから、会社の後輩の溺愛が止まらない〜

依存と不安のあいだで。

昼休み。
給湯室でカップを抱えて立ち、熱湯を注いでいた手が止まった。隣のミーティングスペースから、明るい笑い声が聞こえたから。
「ねえ奈々、聞いたよ〜。今度の出張、橘さんと一緒なんでしょ?」

「うん、来週の月曜日から一泊で。課長にも同行お願いされちゃってて……」

「え、めっちゃ羨ましい! 橘さんって見た目冷たいけど、優しいし頼れるし、絶対いいじゃん!」

「ねー。私、最近ちょっと……橘さんのこと好きになっちゃったかも」

「は!? まじ!? 奈々、それフラグ立ってるよ〜!」

「やだ、そんな言わないで……でも、ちょっとだけ、出張で何か起きないかなって期待しちゃう」

スティックシュガーがぽとりと落ち、指先が震える。鼓動が強く、胸の奥を打つ。
──聞かなきゃよかった。
ただの女子同士の軽口。無害な会話。それなのに、「期待」という言葉が胸に刺さる。
橘、という名前。奈々の笑い声。
(……ほんとに、ふたりで……?)
不安は、いつも根拠もなく湧いてくる。でも今回は──現実だった。

***
夕方、湊の口からもそのことは告げられた。
「来週、佐々木さんと一緒に出張入ってて……月曜に前乗りするかもしれません」

「……あ、そうなんだ」

湊の顔をみれなかった。
たったそれだけの会話で、呼吸が詰まる。
奈々は冗談交じりに“期待”を口にしていたけれど、私の知らないところで、ふたりきりの時間がつくられる。
(……ほんとに、行くんだ)
胸がぎゅっと締め付けられた。
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