その優しさに溺れる。〜一線を超えてから、会社の後輩の溺愛が止まらない〜

「慰めてくれる…?」

ふたりが辿り着いたのは、駅から少し外れた場所にある、小さなバルだった。
あたたかな照明に包まれた店内は、落ち着いた空気を纏っていて、まだ時間も早いため、客もまばらだった。
通されたカウンター席に並んで腰を下ろし、詩乃が小さく声をかける。

「じゃあ……とりあえず、わたしはビールで」

「僕は、ハイボールにします」

注文を終えてほどなく、ふたりの前にグラスが運ばれてくる。

「……乾杯」

カチン、と控えめにグラスを合わせる音が響き、それぞれがひと口、アルコールを喉に流し込んだ。
スッと流れるその冷たさに、心に張りついていたものが、少しだけ溶けていく。

「……ごめんね。急に付き合わせて」

「いえ。むしろ、声をかけてくれてよかったです」

「……え?」

「深雪さん、あのままひとりでいたら……きっと、もっと辛かったと思うから」

何気ないその言葉が、そっと胸の奥に触れる。
詮索せず、ただ傍にいてくれる優しさが沁みる。

「……橘くんって、優しいね」

「そう見えます?」

「見えるよ。……ずるいくらい」

少し笑ってから、肩をすくめるように言葉を継ぐ。

「仕事のときは、“近寄るなオーラ”出てるのに」

「ふふ、それ、深雪さんもですよ」

ふたりで顔を見合わせて、思わず笑った。
──社内や飲み会の場では、いつも彼の周りに人がいた。自分には関係のない世界の人だと、そう思っていたのに。
こうして隣にいて、黙って話を聞いてくれる。
それだけで、少しずつ、心がほどけていく気がしていた。
< 7 / 39 >

この作品をシェア

pagetop