捨てられ仮面令嬢の純真

新しい歩みを

  ✻ ✻ ✻

 夜が来ても王都はまだざわついていた。
 王位をめぐる一連の動きはまだ公に明かされていない。だが王宮の中で政変があったことを隠しきれるものではなかった。警備の兵も、宮殿に務める下女たちも興奮して話を広めていた。

 渦中の夫婦、セレスとレオは無理を言って自分たちの館へ戻った。
 警備の点から王宮にとどまるよう要請されたのだが――二人が「帰る場所」はあの館だ。新婚夫婦が悩みながら親しみ、仲を深めた館へ帰りたかった。
 レオが戦いに向かったのは館の玄関から。
 セレスが立ち尽くし見送った門へ二人で帰らなければ、この出陣は終わらない。

 王宮から馬車で送られて戻った二人は、「家」に足を踏み入れやっと安堵した。出迎える使用人たちも一様に笑顔を見せる。

「――今、戻った」

 レオはいつも通りの言葉をしみじみと口にした。
 戦場から帰還してみれば王都は暴動に揺れており、留守を預かり気を張っていたセレスは何故か王妃に指名された。そんな激動の一日が終わる。

「レオさま……お帰りなさいませ」
「セレス」

 玄関ホールで上着を脱いだセレスは、こみあげる気持ちのままにレオにすがりついた。
 出迎えた執事ダニエルや家政婦長アネットが目を丸くする。人前で素直に愛情をあらわせない、慎み深さがセレスの身上だったのに。

(奥さま……おひとりでいたのがよほど心細かったのでしょうかね?)

 館の使用人たちは、今日の王宮で起こった急転直下をまだ知らない。
 まさか主人夫婦が国王と王妃になると決まったなんて思いもしないのだ。帰宅したことでセレスの張りつめた糸が切れたのもわからなかった。


< 131 / 144 >

この作品をシェア

pagetop