捨てられ仮面令嬢の純真

市中の不満

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 その頃、王都は悲喜こもごも騒がしかった。新王リュシアンの即位が早まったことで庶民も振り回されていたのだ。

 まず食料品の値段が上がった。盛大な式典を準備するため王都に人々が集まったからだ。
 しかもこの群衆というのは、仕事のあてがあって来た者ばかりではない。催しがあれば何かのおこぼれにありつけると期待し流れてきた地方の食い詰め者も多数いて、元から王都にいた人間の働き口を安く奪った。
 そういうわけで、商人によっては笑いが止まらなくなっている。仕事は増えたが安く使える労働力がいくらでもあるからだ。だが職を失ったり給金を値切られた側の恨みはふくれ――。

「――不満のあるところ、あおり立てれば民衆なんざどうにでも動かせらあな」

 街のようすを観察し、うそぶいたのは中年の男だった。
 彼の名はギード。ビルウェン王国の商人だ。

 ギードがいるのは王都の裏町だった。響く怒声に人々がおびえている。威張り散らす警らの役人をギードは鼻で嗤った。無駄なことを。
 仕事もねぐらもなくうずくまる子どもや男たちを追い立てていく理由は都の浄化のためだとか。新王が式典準備として命じたらしい。
 王都を出て故郷へ向かうと申告した浮浪者にはパンが与えられた。だが帰った先に生きるすべなどない。彼らはパンを食べ終えると、また都にもぐり込もうとするのだ。

「モヤモヤをぶつける先を教えてやれば……すぐ燃やせそうだなァ」

 雑踏にまぎれながらギードはニヤリとした。
 だが、彼の雇い主はマルロワ王国に潰れてもらっては困ると言う。弱った国と民とを丸ごと背負うほどビルウェンにも余力はなかった。
 愚かな若い王のせいでマルロワが自滅の道を歩めば、周辺の国々により切り取りが始まる。戦争は、ビルウェンの望むところではないのだ。
 だから、ややマシな人材をリュシアンに代わって王にする。マルロワ王国は維持しなくてはならないのだった。
 ビルウェンを後ろ盾として王位につけてやった見返りは、領土の一部割譲で勘弁してやろう――それがギードをマルロワへ送り込んだ人物の言い分だった。

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