忘れられない瞳の先で
第10章「孤独な夜」
窓の外はすでに闇に包まれ、オフィスフロアには残業する社員の声だけが響いていた。
私は資料を抱えてエレベーターホールへ向かう途中、廊下の先に二人の姿を見つけた。
――拓也と由梨。
由梨が笑いながら拓也の腕に軽く触れ、彼は困ったように眉を寄せながらも立ち止まっている。
まるで、親しい恋人同士のように見えた。
「……」
胸がぎゅっと締め付けられる。
目を逸らしたくても、視線が離れなかった。
由梨の声が静かな廊下に響く。
「やっぱり、拓也くんと一緒だと安心するの。ねえ、このあと少しだけ寄り道しない?」
――その瞬間、呼吸が止まった。
彼が何と答えるのか、怖くて聞けなかった。
私は気づかれないように踵を返し、足早にその場を離れる。
エレベーターには乗らず、非常階段へ駆け込んだ。
夜風が吹き込む屋上。
街の灯りが遠くにきらめく中、私はひとりベンチに腰を下ろした。
頬を伝うものを、もう誤魔化すことはできない。
「……何やってるんだろ、私」
声に出した途端、胸の奥から嗚咽が漏れた。
大学の頃からずっと同じ。
私は彼の隣に立てない。
近づけば近づくほど、由梨という壁が現れる。
ポケットの中でスマホが震えた。
画面には「朝倉颯真」の名前。
震える指で通話ボタンに触れそうになり、私はすぐにやめた。
――違う。彼に甘えちゃいけない。
泣いている自分を見せるのは、もっといけない。
冷たい風に身を縮め、私はひとり涙を流し続けた。
孤独な夜の闇は、いつまでも優しくも冷たく、私を包み込んでいた。