忘れられない瞳の先で

第12章「避ける心」


 次の日から、私はできるだけ拓也と顔を合わせないようにした。
 廊下ですれ違いそうになれば、あえて別の通路を選ぶ。
 資料を渡すときも、他の社員に頼んで間に入ってもらう。
 自分でも不自然だと思うほどに、彼を避け続けた。

 ――あの夜、由梨さんが彼に告げた言葉が、耳から離れない。
 「私じゃダメなの?」
 そして、彼の沈黙。
 きっと答えは、そういうことなのだ。

 心に言い聞かせても、胸は痛むばかりだった。



「片山」

 低い声に名を呼ばれて、足が止まった。
 コピー室で書類を抱えていたとき、拓也が入口に立っていた。
 鋭い瞳がまっすぐこちらを射抜いている。

「最近、俺を避けてるだろ」
「……そんなこと、ありません」
「なら、どうして目を合わせない?」

 問い詰める声。
 視線を合わせられなくて、私は書類に目を落とした。

「ただ……忙しいだけです」
「嘘だな」

 短く断言され、心臓が跳ねる。
 彼は一歩近づき、私との距離を縮めた。
 近すぎる距離に、呼吸が乱れる。

「……俺に何か言いたいことがあるんじゃないのか」
「ありません」

 言葉は震えていた。
 本当は「あなたの隣には由梨さんがいるでしょう」と叫びたかった。
 けれどそれを口にすれば、ますます惨めになる気がして。

 沈黙のあと、拓也は深く息を吐いた。

「……そうか」

 その声には、微かに寂しさが滲んでいた。
 彼が背を向け、コピー室を出て行く。
 残された私は、その背中を見送ることしかできなかった。

 ――本当に、避けたいのは私の方じゃない。
 でも近づけば、もっと傷つくだけだから。

 握りしめた書類の端が、涙で滲んでいた。
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