忘れられない瞳の先で

第15章「告白未遂の夜」

 残業を終え、人気のなくなったオフィスに静寂が訪れていた。
 蛍光灯の白い光が、机に散らばる資料を淡く照らしている。
 私は最後の書類をファイルに閉じ、帰ろうとした。

「……片山」

 背後から呼びかけられ、振り向いた。
 そこに立っていたのは拓也だった。
 黒曜石のような瞳が、まっすぐに私を見つめている。

「少し……話がある。今夜、時間をもらえるか」
「……はい」

 言葉を選ぶような口調。
 胸の鼓動が早くなるのを感じながら、私は頷いた。



 二人きりの会議室。
 窓の外には夜景が広がり、街の光がガラスに反射している。
 拓也は机の端に手を置き、しばらく沈黙したあと、低い声で切り出した。

「……ずっと言えなかったことがある」
「……」

 喉が渇き、声が出ない。
 拓也の表情は真剣そのもので、私の心臓は痛いほどに打ち続ける。

「大学の頃から――」

 その瞬間。
 ドアが勢いよく開いた。

「拓也くん!」

 由梨が駆け込んでくる。
 高いヒールの音が硬い床に響き渡った。

「こんなところにいたのね。探したのよ」
「……由梨」

 彼の瞳に苛立ちが宿る。
 けれど由梨は気にする様子もなく、私を一瞥してから彼の腕に絡みついた。

「帰りましょう? 私、ずっと待ってたの」

 胸が強く締めつけられる。
 ――やっぱり。
 私は、拓也にとって何者でもない。

「……すみません。もう、帰ります」

 俯いたまま立ち上がり、会議室を後にした。
 背後で拓也が私の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど、振り返ることはできなかった。

 夜風が吹き込むエントランスに出ると、涙が止まらなくなった。
 あの一言を聞きたかったのに。
 あと少しで届きそうだったのに。

 ――私は、また自分から背を向けてしまった。
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