忘れられない瞳の先で

第17章「涙の抱擁」

 颯真の言葉と拓也の嫉妬に挟まれた私は、どうしていいか分からなくなっていた。
 けれど、その緊張を破るように、拓也が私の腕を掴んだ。

「片山……いや、紗奈」

 名前を呼ぶ声は震えていて、これまで聞いたことのないほど切実だった。
 驚いて顔を上げると、彼の瞳は熱を帯びて私を捉えていた。

「俺は……大学の頃から、お前が好きだった」

 その一言に、世界が止まった気がした。
 信じられない。
 何度も夢に見た言葉を、彼の口から聞く日が来るなんて。

「……うそ」
「嘘じゃない。ずっと伝えたかった。でも言えなかった」

 拓也の声が、夜の静けさに溶けていく。
 私は必死に首を振った。

「だって……由梨さんと一緒にいたじゃない。大学のときも、今だって」
「違う。俺は一度も由梨を好きになったことはない。全部、噂にすぎない」
「でも、あの夜……『私じゃダメなの?』って由梨さんが……」

 言葉が詰まり、視界が滲む。
 彼の横顔が、あの時の記憶と重なり合ってしまう。

 次の瞬間、拓也の腕が私の身体を強く引き寄せた。

「紗奈……頼むから、俺の言葉を信じてくれ」

 広い胸に抱きしめられ、呼吸が乱れる。
 耳元に響く鼓動は、私のものよりも早く、激しく打ち続けていた。

「……拓也、さん……」
「もう逃がさない。お前を誰にも渡さない」

 強すぎる抱擁に、涙が零れた。
 嬉しいのか、苦しいのか、自分でも分からない。
 ただ、どうしても口にできなかった。

「……でも……怖いの。信じたいのに、信じられない」

 震える声でそう告げると、彼の腕の力がわずかに緩んだ。
 拓也の瞳に、深い痛みが宿っている。

 その視線を受け止めきれず、私はただ泣き続けるしかなかった。
< 18 / 22 >

この作品をシェア

pagetop