忘れられない瞳の先で
第18章「揺れる心」
拓也に抱きしめられた夜から、私は彼を避けるようになっていた。
「大学の頃から好きだった」という言葉は、何度思い出しても胸を熱くさせる。
けれど同時に、「由梨の存在」という現実がその熱をすぐに冷ましてしまう。
――信じたいのに、信じられない。
その繰り返しに疲れ果て、私は無意識に距離を取っていた。
「片山、最近顔色が悪いよ」
休憩室でコーヒーを手にした颯真が、心配そうに覗き込んでくる。
柔らかい茶色の瞳が、私の弱さをすべて見抜いているようだった。
「大丈夫だよ。ただ、少し寝不足なだけ」
「……嘘だな」
からかうように笑いながらも、その声は優しかった。
颯真は手にした缶コーヒーを差し出す。
「ほら。甘いやつ。片山、苦いのよりこれ好きだろ?」
「……ありがとう」
小さな気遣いが、心に沁みる。
その優しさに触れると、涙がこぼれそうになった。
「片山。俺なら、ずっと隣にいられる。……そう思ってる」
颯真の低い声。
真剣な瞳に見つめられ、胸がまた揺れる。
もし、この手を取れば。
もう傷つかずにすむのかもしれない。
颯真となら、穏やかで安心できる未来があるのかもしれない。
けれど――。
脳裏に浮かぶのは、あの夜の拓也の熱い抱擁。
「もう逃がさない」と告げた声。
涙に濡れた自分を、必死に抱きしめる彼の温もり。
心は、どちらにも傾いてしまう。
優しさに惹かれながら、どうしようもなく拓也を求めてしまう。
「……ごめん」
思わず呟いたその言葉に、颯真は笑顔を作った。
けれどその笑顔の奥に、哀しみが滲んでいたのを私は気づいてしまった。