忘れられない瞳の先で

第1章「再会の衝撃」

 昼下がりのオフィスは、午後の光がブラインドの隙間から差し込み、会議室のガラス壁に淡い影を落としていた。
 総務部に所属する私は、会議で使った資料を回収するため、重たいファイルを抱えて会議室のドアを押し開けた。

「……っ」

 息が詰まる。
 そこに立っていたのは、忘れようとして忘れられなかった人――西園寺拓也だった。

 数年前の大学時代よりも、さらに精悍になった顔立ち。
 背の高いスーツ姿がまぶしく、彼の周囲だけ空気が違うように感じられる。
 低く響く声が会議室に漂って、私の鼓動は瞬時に乱れた。

「拓也くん、今日のプレゼン、本当に完璧だったわ」

 聞き慣れた甘い声が彼の隣から響く。
 片岡由梨――大学時代、いつも彼の隣にいた女性。
 長い栗色の髪をかき上げながら、楽しげに彼の腕へと軽く触れていた。

 胸が締めつけられる。
 やっぱり……二人は今も一緒なのだろうか。

「……片山?」

 不意に、拓也の黒曜石のような瞳が私を捉えた。
 静かに名前を呼ばれて、喉の奥が詰まる。
 久しぶりに聞くその声は、心の奥にしまい込んだ記憶を容赦なく呼び起こす。

「お、お久しぶりです……」

 やっとの思いで声を絞り出したが、視線を合わせることはできなかった。
 視線を落とす私を、由梨が横目で見て、勝ち誇ったように唇をつり上げる。

「まあ、片山さん。総務部にいたのね。偶然ね」

 軽やかな声。
 でもその裏に隠された棘に気づいてしまう。

「はい……お世話になってます」

 努めて笑顔を作り、そっと会議資料を回収する。
 震える指先を悟られないように。

「片山、今は総務部か。……頑張ってるんだな」

 拓也の真っ直ぐな言葉に、心が揺れる。
 けれど、それ以上に由梨が彼の腕に手を絡める仕草が目に刺さった。

「拓也くん、もう行きましょう? 次の打ち合わせ、待たせちゃう」

「ああ……」

 拓也は一瞬だけ私を見つめ、それから由梨に導かれるように会議室を出ていった。

 残された私は、ひとり息を殺し、胸に手を当てる。
 ――やっぱり、彼を忘れるなんてできない。
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