忘れられない瞳の先で

第2章「噂の真実」


 昼休みの社員食堂は、ざわめきと笑い声に満ちていた。
 テーブルを並べた広い空間に、次々と社員が集まってくる。
 トレーを手に列に並んでいると、背後から聞こえてきた声に、思わず耳を傾けた。

「やっぱり、西園寺さんと片岡さんって付き合ってるんでしょ?」
「うん、だっていつも一緒にいるじゃない。営業部のエースコンビだし、見た目もお似合いだよね」

 ――また、その噂。
 胸の奥に小さな棘が刺さるように痛む。

 大学時代もそうだった。
 「二人はカップルだ」って誰もが口にしていた。
 だから私は、言葉を飲み込むしかなかった。
 今も、その頃と何も変わらない。

 席に座り、スープを口に運ぶ。
 けれど味がまったく分からない。

「片山さん」

 突然名前を呼ばれて顔を上げると、にこやかな笑顔を浮かべた同期の朝倉颯真が立っていた。
 トレーを手に、軽やかに私の向かいに腰を下ろす。

「一人? 一緒に食べてもいい?」
「あ……うん」

 颯真は同じ新入社員研修を受けた同期で、開発部に配属されている。
 人懐っこい性格で、誰とでもすぐに打ち解ける。
 その笑顔を見ると、少しだけ張りつめていた心が和らいだ。

「最近忙しそうだよね。残業、多くない?」
「え、うん……まあ、総務部っていろいろあるから」
「無理しちゃだめだよ。君はすぐ顔に出るタイプなんだから」

 からかうように笑いながらも、心配してくれているのが分かる。
 私は曖昧に笑って、トレーの上のサラダに視線を落とした。

 その時。
 ふと視線を感じて顔を上げると、食堂の入口に拓也の姿があった。
 隣には、もちろん由梨。
 颯真と向かい合っている私を一瞥し、拓也の表情が一瞬だけ曇った気がした。

「……どうかした?」
「え?」
「今、西園寺さんと目が合ってたよな」

 颯真の声に、慌てて首を横に振る。
「ち、違う。ただ……偶然、ね」

 偶然――そう自分に言い聞かせる。
 けれど心臓は早鐘のように打ち続けていた。
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