忘れられない瞳の先で

第4章「すれ違う昼休み」

 昼のチャイムが鳴ると同時に、オフィスがざわめきに包まれた。
 社員食堂へと向かう人の流れに乗りながら、私はトレーを手にして列に並ぶ。
 カレーの香り、味噌汁の湯気、あちこちから笑い声が聞こえてくる。
 それだけで少し気持ちがほぐれていく。

「片山、一緒にどう?」

 振り向けば、颯真がトレーを片手に笑顔を向けていた。
 相変わらず人懐っこいその表情に、周囲の女性社員たちがちらりと視線を送るのが分かる。

「うん、いいよ」

 二人並んで席につくと、颯真は何気ない調子で話を切り出した。

「この前の資料、すごく分かりやすかったって部の人が褒めてたよ」
「本当? ただの庶務なのに、そんな大げさな」
「いやいや。片山は仕事が丁寧だから。……だから、俺も助かってる」

 からかうように笑う声が、自然と心を軽くしてくれる。
 気がつけば、久しぶりに声を立てて笑っていた。

 その時。
 ふと視線を上げると、社員食堂の入口から入ってきた拓也の姿が目に入った。
 背の高いスーツ姿が、どんな人ごみの中でも際立っている。
 隣には由梨がぴたりと寄り添い、何か耳打ちして笑っていた。

 拓也の視線が、颯真と並ぶ私に向けられる。
 一瞬だけ、黒曜石のような瞳が険しく揺れた。

「……?」

 胸がざわつく。
 でも、気のせいかもしれない。
 彼にとって、私はただの同期の一人に過ぎないはずだから。

「片山?」
「あ、なに?」
「いや、ちょっと顔色が変わったから」

 颯真の気遣う声に、慌てて笑顔を作る。
 その向こうで、由梨がこちらに気づき、唇にうっすらと笑みを浮かべた。
 挑発するように、勝ち誇ったように。

 ――やっぱり。
 二人は、特別な関係。

 スプーンを握る指先が震えた。
 食堂のざわめきの中で、私は声にならない溜息を飲み込んだ。
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