秘密の婚約者は冷徹専務 ―契約から始まる社内トライアングルと、切ない溺愛―

試練

重厚な扉が開かれると、豪奢なシャンデリアの光を浴びた長いテーブルが目に飛び込んできた。磨き上げられた銀食器、鮮やかに盛られた料理の数々。招かれた客はほんの数人であり、その中でもひときわ注目を浴びているのは――若き専務の婚約者とされる“謎の女性”、白木鈴子だった。

「ようこそ、いらしてくれたわね」

上座からゆるやかに立ち上がったのは、我孫子家の総裁夫人。雄大と颯真の母であり、この食事会を仕切る女主人だ。
白いスーツに身を包み、パールの首飾りが喉元で静かに輝く。その一挙手一投足に、場の空気が張り詰めていく。

「は、はい……お招きいただき、ありがとうございます」

鈴子は緊張のあまり、かすかに声を震わせながら頭を下げた。

(どうしよう……息が詰まりそう……)

夫人はその様子を冷静に見極めるように頷くと、白い手でゆるやかに席を示す。
促された先は雄大の隣。そして正面には颯真が座っている。
二人の対照的な兄弟から注がれる視線が交差し、鈴子の背筋はさらに強張った。

「……紹介が遅れました。こちらは――」

雄大が口を開きかけたその瞬間、夫人の声がそれを遮る。

「ええ、もう知っているわ。あなたの“婚約者”なのでしょう?」

――空気が一瞬で凍りつく。
雄大は冷徹な横顔を崩さず、無言のままグラスを持ち上げる。
颯真は眉を寄せ、困惑の色を隠せずに鈴子を見つめた。
鈴子の心臓は大きく跳ね、手の中のナプキンを握りしめる指先に力がこもる。

「ふふ……安心なさい。今日は詮索するつもりで呼んだわけではないの。ただ――我孫子家に加わる人間がどんな女性なのか、知っておきたかっただけよ」

声色は穏やか。しかしその裏に潜む鋭い圧力が、鈴子の胸をじりじりと締めつける。
雄大の横顔は氷の彫像のように動かず、ただ冷たさだけを放ち続けていた。

「母さん、緊張させすぎだよ」

颯真が苦笑を浮かべ、ワインをボトルから注ぎ始める。

「せっかくの食事なんだから、もう少し和やかに行こう」

その柔らかな声音に、鈴子の心はほんの少し救われる。
けれど、横目で鋭く投げられる雄大の視線が、その安らぎを容赦なく断ち切った。

――息苦しい沈黙。
煌びやかな食卓には、決して目に見えない緊張の糸が、ぴんと張り詰めていた。
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