秘密の婚約者は冷徹専務 ―契約から始まる社内トライアングルと、切ない溺愛―
配属先は颯真専務
五月末、研修最終日。
会議室には新人秘書たちの緊張と期待が入り混じった空気が漂っていた。背筋を伸ばし、手帳を抱きしめる者。小声で祈るように呟く者。誰もが息を潜め、人事課長の一言を待っていた。
「これより、配属先を発表します」
その声が響いた瞬間、ざわめきが嘘のように止む。
重苦しい沈黙の中、鈴子の耳には自分の心臓の鼓動ばかりが響いていた。
(ついに……。私の配属先が決まる……!私は誰の秘書になるんだろう……)
祈るように膝の上で両手を組みしめ、震える呼吸を押し殺す。
「まず――我孫子ホールディングス創業家長男、総務担当専務・我孫子颯真専務の専属秘書に任命されたのは……白木鈴子さん」
「えっ……」
思わず声が漏れた。
鼓動が一瞬止まり、耳鳴りが広がる。
次の瞬間、周囲から一斉に注がれる視線。
押し殺した声が背中に突き刺さる。
「創業家の長男……?すごいじゃない」
「まだ研修終わったばかりなのに……」
「人事に相当気に入られたのかも」
好奇と羨望と疑念が入り混じる視線。
喉が渇き、足がすくむような感覚の中で、鈴子はなんとか立ち上がり、小さく一礼した。
「……よろしくお願いいたします」
声が震えた。
それを自覚した瞬間、胸の奥に不安が広がる。
(颯真専務……。でも、“秘密”を知っているのは次男の雄大専務だけのはず。どうして私が兄の方に……?)
午後。
本社十二階、専務フロア。
新しい職場となる扉をノックする。
「どうぞ」
中から響いたのは、柔らかく明るい声。
ドアを開けると、陽光が差し込む執務室の奥で、颯真が書類を閉じてこちらを見上げていた。
人懐っこい笑顔。優しげな瞳。噂通りの“朗らかな専務”だった。
「君が今日から僕の秘書だね。白木鈴子さん」
「は、はい!本日からよろしくお願いいたします」
颯真はすぐに立ち上がり、近づいてきた。
笑顔も声も、どこまでも柔らかい。
(雄大専務とは……まるで正反対……)
「そんなに緊張しなくていいよ。僕は厳しくないから、安心して」
「……ありがとうございます」
思わず安堵の息がこぼれた、その時――。
――コンコン。
「兄さん、さっき頼んだ資料は――」
現れたのは、冷徹な眼差しの雄大専務。
空気が一変する。
視線が鈴子に触れた瞬間、彼の瞳がわずかに細められた。
「……お前が、兄さんの秘書か」
「っ……!」
心臓が跳ね、呼吸が詰まる。
だが社内では「他人のフリ」をする契約――。
鈴子は表情を殺し、深く頭を下げるしかなかった。
「白木です。本日から、颯真専務の秘書を務めさせていただきます」
「……そうか」
短い答え。
けれどその声には、冷たい刃のような硬さが混じっていた。
「おいおい、雄大。新人を睨むなよ。怖がらせたらどうするんだ」
「睨んでいない。ただ、秘書課の研修上がりにいきなり任せるのは、荷が重いと思っただけだ」
「心配性だな。まあ、大丈夫だよ。僕がちゃんと面倒を見るから」
軽やかに笑う颯真と、冷ややかに言い放つ雄大。
対照的な二人のやり取りが交差する中――。
鈴子の胸の奥では、別の鼓動が高鳴っていた。
(この“契約”……絶対に、颯真専務には知られてはいけない。でも――兄弟で同じフロアの執務室。こんな近くで……私は、どうすれば……)
秘密を抱えたまま、鈴子の新しい日々が幕を開けた。
会議室には新人秘書たちの緊張と期待が入り混じった空気が漂っていた。背筋を伸ばし、手帳を抱きしめる者。小声で祈るように呟く者。誰もが息を潜め、人事課長の一言を待っていた。
「これより、配属先を発表します」
その声が響いた瞬間、ざわめきが嘘のように止む。
重苦しい沈黙の中、鈴子の耳には自分の心臓の鼓動ばかりが響いていた。
(ついに……。私の配属先が決まる……!私は誰の秘書になるんだろう……)
祈るように膝の上で両手を組みしめ、震える呼吸を押し殺す。
「まず――我孫子ホールディングス創業家長男、総務担当専務・我孫子颯真専務の専属秘書に任命されたのは……白木鈴子さん」
「えっ……」
思わず声が漏れた。
鼓動が一瞬止まり、耳鳴りが広がる。
次の瞬間、周囲から一斉に注がれる視線。
押し殺した声が背中に突き刺さる。
「創業家の長男……?すごいじゃない」
「まだ研修終わったばかりなのに……」
「人事に相当気に入られたのかも」
好奇と羨望と疑念が入り混じる視線。
喉が渇き、足がすくむような感覚の中で、鈴子はなんとか立ち上がり、小さく一礼した。
「……よろしくお願いいたします」
声が震えた。
それを自覚した瞬間、胸の奥に不安が広がる。
(颯真専務……。でも、“秘密”を知っているのは次男の雄大専務だけのはず。どうして私が兄の方に……?)
午後。
本社十二階、専務フロア。
新しい職場となる扉をノックする。
「どうぞ」
中から響いたのは、柔らかく明るい声。
ドアを開けると、陽光が差し込む執務室の奥で、颯真が書類を閉じてこちらを見上げていた。
人懐っこい笑顔。優しげな瞳。噂通りの“朗らかな専務”だった。
「君が今日から僕の秘書だね。白木鈴子さん」
「は、はい!本日からよろしくお願いいたします」
颯真はすぐに立ち上がり、近づいてきた。
笑顔も声も、どこまでも柔らかい。
(雄大専務とは……まるで正反対……)
「そんなに緊張しなくていいよ。僕は厳しくないから、安心して」
「……ありがとうございます」
思わず安堵の息がこぼれた、その時――。
――コンコン。
「兄さん、さっき頼んだ資料は――」
現れたのは、冷徹な眼差しの雄大専務。
空気が一変する。
視線が鈴子に触れた瞬間、彼の瞳がわずかに細められた。
「……お前が、兄さんの秘書か」
「っ……!」
心臓が跳ね、呼吸が詰まる。
だが社内では「他人のフリ」をする契約――。
鈴子は表情を殺し、深く頭を下げるしかなかった。
「白木です。本日から、颯真専務の秘書を務めさせていただきます」
「……そうか」
短い答え。
けれどその声には、冷たい刃のような硬さが混じっていた。
「おいおい、雄大。新人を睨むなよ。怖がらせたらどうするんだ」
「睨んでいない。ただ、秘書課の研修上がりにいきなり任せるのは、荷が重いと思っただけだ」
「心配性だな。まあ、大丈夫だよ。僕がちゃんと面倒を見るから」
軽やかに笑う颯真と、冷ややかに言い放つ雄大。
対照的な二人のやり取りが交差する中――。
鈴子の胸の奥では、別の鼓動が高鳴っていた。
(この“契約”……絶対に、颯真専務には知られてはいけない。でも――兄弟で同じフロアの執務室。こんな近くで……私は、どうすれば……)
秘密を抱えたまま、鈴子の新しい日々が幕を開けた。